慰安旅行 -6-
RRRR...RRRR...
バスルームに響く携帯の着信音。
「………」
「………」
いくらなんでも、これは酷い。
「………」
「………」
無粋なメロディーを奏で続ける犯人は、蛇口の上に器用に乗せていたレノの携帯。
そっと唇を離し、レノの首に絡めていた腕を離すと、眉間に皺を寄せたレノが舌打ちをして、携帯を手に取った。
「……タイムオーバーだってよ」
レノの携帯が示す現在時刻は『9:55』。
あと5分でチェックアウトの時間だ。
着信相手はフロントで待っている仲間を代表して、優等生あたりだろう。
迷惑かけちゃいけない。
早く荷物をまとめて、部屋から出なくては。
レノも同じ事を考えたのか、溜め息をついて、俺の腰に触れていた手を離す。
折り畳みの携帯を開いて、受話ボタンを押そうとするのが見えた。
見えた途端、何故だろう。
俺は再びレノの首に腕を絡めて、ギュッと抱きついてしまった。
「……?」
さすがのレノも吃驚したのだろう。
俺だって、何故こんな事をしているのかわからない。
「……っ」
なんでかな。
涙が溢れてきた。
鳴り止まない着信音。
レノはその電話に出なきゃいけない。
相手は想像つく。話す内容も想像つく。
そして、早く着替えて、荷物をまとめて、この部屋からも出ないと。
みんなに迷惑がかかる。
わかってる。
わかってるけど。
高められた躰がこのままだと辛い、とか。
途中で止めるなんてイヤだ、とか。
それもある。
あるけど。
「っ…ひっ…うっ……」
なんで、こうなるんだ?
なんで、昨日からずっと、こうなるんだよ。
どうにもならない事だってわかってる。
仕方が無い事だってわかってる。
でも、でもさ、俺…また置いてかれるのかよ。
昨日、パークで勝手に拗ねたけど、その時は納得したよ。
ただ単純に自分が強くなればいい。追い続ければいいって。
でも、これは違う。
不安なんだ。
楽しい旅行。
二人っきりで、手を繋いで、はしゃぎ回って。
でも、それも終わり。
これから帰って部屋に着いたら、武器があって、マテリアがあって、制服があって。
また日常が始まる。
帰って早々、仕事が待っているかもしれない。
アバランチの襲撃? 偵察? 短期出張? 長期出張?
また離れ離れになる。
レノに会えない。
レノに触れられない。
レノとキスできない。
レノとひとつになれない。
置いてかないで。
俺を置いていかないで。
レノが好き。
レノが恋しい。
レノが愛しい。
レノが欲しい。
何処にも行かないで。
俺を置いて行かないで。
「…?」
あやすように、レノの手が優しく俺の背中を叩いた。
そのたびに小さな音をたてて湯水が跳ねる。
涙で濡れた瞳のまま、ゆっくりと顔を上げると、困ったような…でも、見た事もないほど優しげなレノの瞳があった。
「ごめんな?」
顔を覗きこまれて、チュッ、と音をたてて軽くキスされた。
RRRR...RRRR...
やっぱり…終わり、なんだな。
楽しい旅行。
二人だけの時間。
RRRR...RRRR...
退かなきゃ。
レノの首の後ろで絡ませていた手を離して、レノの肩に置く。
震える足を動かそうとしたら、レノの手が俺の背を押して自分の体に押し付けた。
「……?」
俺、もう大丈夫だよ?
もう我儘言わねぇよ?
そう声に出そうと思ったら、
「ちょっと、我慢してろよ」
そう言われて。
何の事かわからなくて、再び声を出そうとしたら、俺の体を強く自分に押し付けていた手が離れて、俺の腰に触れた。
「…っ」
もう片方に持っていた携帯を、顔と肩で器用に固定して、空いたその手も俺の太ももに触れる。
触れられて、ビクッと震えた。
まさか、
「レ、ぁ、っぁん―――――っ!!!!!!!」
衝撃。
まるで感電したかのように全身を一気に突きぬける痛みと快感。
目の前を閃光が走ったかと思うと、一気に闇の中へ。
何も見えない。
レノがいたのに。
目の前にはハッキリと赤が見えたのに。
一瞬のうちに、何も見えなくなってしまった。
真っ黒? 真っ白?
わからない。
ただ、前が見えない。
もしかしたら、見えてるのに、見ているものがわからないだけかもしれない。
俺、どうかしちゃったのかな。
体の感覚があまりない。
ただ、俺の体の下の方。
物凄く熱いものが俺の中にあって、ドクドクと脈打つ鼓動とか…ソレの存在だけが、やけにリアルに感じる…。
「…、昨日はよくもやってくれたな、と」
声と一緒に、ぼんやりと見えてきた。
輪郭が少しずつ。
『あら、レノさん。社員旅行に飲み会は付きものですわよ』
「飲み会ならそう言えよ、と。こっちは任務かと思って急いでソッチに行ったんだぞ」
赤。
あぁ、そうだ。
この赤は俺の一番好きな色。
『飲み会なんて言ったら、来そうにありませんでしたから』
「。まさかお前に嵌められるとは思ってなかったぞ」
『本当に任務だったら、どうするつもりだったんですか? まさかを置いて来るとは思いませんでした』
「だから連れて来るって言っただろ、と。それなのに、朝方まで酒に付き合わせやがって」
『連れて来ると言って、逃げるに決まっています』
ここ…。
あぁ、そっか。バスルーム。
俺の荒い息遣いとレノの話し声、携帯から漏れる、電話向こうのとの声だけが響いていた。
「おかげで先輩様は体調が優れないんですが、どうしてくれるんですか、と」
『予想通りです。本当のチェックアウトは1時間後ですから、今から1時間で用意してください』
…1時間後?
「また嵌めやがったのか…お前等、高くつくぞ」
『最初からレノさんが時間通りに集合場所に来るとは思っていませんでしたから』
……?
ハメられた?
「チッ。1時間だな」
『はい。1時間後には必ず来てくださいね』
ブツッ、ツー、ツー、ツー…
「オマエの同期はクソ生意気なヤツばかりだな、と」
「……え?」
「まぁ、今日のオマエは随分と可愛いけどな」
レノの肩に頭を乗せて凭れ掛かっていたら、体を起こされて、瞼、目尻、鼻、唇に軽くキスされた。
「そんなに絞めるなよ。さすがの俺も、一気に持って行かれるかと思ったぞ、と」
「あっ!…んっ」
下から突き上げられて甘い声が漏れた。
そっか、ようやく思考が追いついて来た。
また俺…イっちゃったってわけ?
「ん、ふっ、あっ! ちょっ、レノ…待って、」
「ヤです、と」
「あっ、やぁっ、あ、ああっ」
いきなり始まる律動。
思考に比べて躰がまだついていかないのに。
必死に俺はレノにしがみ付いて、苦痛と快感に顔を歪めて、ただ喘いだ。
浅く深く、角度を変えて、だんだんと早くなってくる。
それに攣られて俺の方も、再び押し寄せてくる波に飲み込まれそうになってくる。
下に咥えこんだレノ自身も、より熱く硬くなってきて。
ダメだ。
おかしくなる。
躰も頭の中も、全部。
「俺の帰りが遅くなった理由、わかった?」
「ぅっ、あ…」
ぐいっと顎を捕まれて、お互いの唇が触れるギリギリの場所で止められる。
「拗ねんなよ、と」
ナカを掻き混ぜるように動かされる。
「あっああっ…んっ、は、あぁっ、れ、ノ…」
「んー?」
「あっ、ん…ど、こにも」
「行かねぇよ」
こんなに涙が溢れてくるのは初めてじゃないかな。
涌き出てくる雫をペロリと舐められて、瞼にキスされた。
「ぁ…ほ、ん…んっ、とに…ぃっ」
「…」
そんな優しい声で呼ばないで。
信じてしまいそうになる。
だって、嘘だろ。
アンタはいつも俺を置いて行く。
朦朧とする意識の中、目の前の赤は霞んで見えた。
でも、何故かな。
アイスブルーの瞳だけはハッキリと見える。
「…」
形の整ったレノの薄い唇からは、蕩けるような甘い声が発せられる。
でも、俺は知ってる。
その声とは裏腹な鋭い眼差し。
レノという男は決して甘くはないのだ。
その瞳は、甘美な声に誘われた獲物が罠にかかる瞬間を冷静に見ている、肉食獣の瞳だから。
それなのに、何故だろう。
まったく…今はまったく毒気を感じない。
その声は俺の心に安らぎを与え、慈しむような眼差しで俺を捉えている。
やめろよ。
そんな声で俺の名前を呼ぶな。
そんな瞳で俺を見るな。
許してしまうじゃないか。
俺を置いて行くアンタを。
今だけは他の何よりも俺を選んでくれたのだから、と。
何もかも有耶無耶なまま、俺はアンタを許してしまいそうだ。
「レ、ノ、ぁっ、ぁぁあっ、レノッ…―――っ!!」
戒めを解かれ、何度目かの絶頂を迎えた時、レノは俺を強く抱き締めた。
心もカラダも根こそぎ俺という存在を包み込むように。
レノがココにいる。
心の底から泣いた。
嬉しい…のかもしれない。
レノの腕の中、その温もりを確かに感じて、嬉しかったんだ。
レノがそばにいる。
誰よりも近くに。
レノの存在が、嬉しかった。
レノの温もりが、愛しかった。
レノがいる事が、幸せだった。
大好きな温もりに包まれて、気を失うその瞬間まで俺は幸せの只中にいた…。
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