慰安旅行 -2-



 ゲートをくぐって見れば、そこは別世界。
 水と海がテーマって言うだけあって、パークに入った瞬間、目の前に広がるのは見事に中世の港街。
 おもわずステップをふんでしまいそうな軽快な音楽。
 街の住人に扮したスタッフが陽気に話しかけてきて、まるで親しい友人にでも会ったように、つられて笑顔になってしまう。
 ゴールドソーサーとは全然違う。
 絵本や映画で見た世界に入り込んでしまったような感覚。
 ここは本当に別世界だ。
 自分はどこから来て何をしていたのか…ここいる間は全てを忘れさせてくれるように思えた。

「で? 一番最初にどこ行くんだ?」

 呆けてるオレの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、レノがパンフレットを開いた。

「……?」
「だから、絶叫系アトラクション制覇すんだろ? どれから行くんだよ、と」
「あ、あぁ! えっと、コレから行こうぜっ!」
「ん。了解」

 今日は、平日ということもあって客は少ない方らしい。
 待ち時間10分ほどでアトラクションに乗れた。

「次、アレなっ」
「おぉ」

 休日だったら、待ち時間が60分超える事も頻繁にあると聞いた。

「次はー、コレ!」
「…おぉ」

 ツいてるなぁ、今日は。

「あっ、アレ!」
「……おぉ」

 なんつーか、会社に感謝だな、うん!

「おっ、コレも面白そう!」
「………」

 そうだ、ツォンさんや主任にも土産買っておかないとな!

「で、次はー」
、ストップ……休憩しねーか、と」

 片手を挙げて提案してきたレノの顔色は青かった。

「あ、悪ぃ。疲れたよな?」
「気にすんな。軽い乗り物酔いだぞ、と」

 近くのベンチでレノを待たせ、俺は売店に走った。

 しまった…。
 いくらなんでも浮かれ過ぎだぞ、俺!
 レノがずっと残業続きだったって知ってたじゃねーか。
 いくらレノが…認めたくないけど俺より強くて、体力もあって、絶倫で、鬼畜で、変態だからって…。
 アイツも人間なんだ!
 気遣わなきゃ!

 両手にドリンクを持ってレノがいる場所に戻ると、そこにレノはいない。

「あれ?」

 ここで待ってろって、言ったのに。

 まさか…
 どこかの美人なネェチャンに声かけられてヒョィヒョィ付いて行ったとか…
 いやいやいや。
 信じろよ、俺!



 ポン



 俯く俺の頭に軽い重み。



 パチン。パチン。



 軽く何かを挟んだような音が二度鳴ると、頭の上から重みが無くなって…。

 あれ?
 微かな重みが…残っている気がする。

 で、何の音だったんだ、さっきのは?

、こっち向け」

 振り向くと予想どおりレノがいた。

 だよな。
 何処かのネェチャンに付いて行ったりなんかしねーよな…って、なんだ、その顔。

 悪戯を仕掛けた子供のようにニヤニヤと口端を吊り上げるレノ。

 ……なぁんか嫌な予感がする。


「よし。よく似合ってるぞ、と」

 満足そうに笑って、携帯カメラで俺をパシャリ。

「ほら、可愛い」

 携帯の画面を見せてくる。その画面には…。

「んなっ…?!」

 ベンチにドリンクを置いて、自分の頭に触る。
 あぁ…ついてる、ついてるっ。
 写真に写っていたとおりの…ふっさふさの猫耳が。

「売店に売ってたんだぞ、と」

 目の前の変態は満足そうな笑みを浮かべた。

「ざけんなっ! 女じゃあるまいし!」
「似合ってるからいいじゃねぇか」
「良くねぇよっ! 取れ!」
「テメェで取れば?」
「……くっそ、取れねぇっ!」
「オマエ、ほんっと不器用だな」

 髪の毛を必死に引っ張る俺。
 そんな俺を見て、レノはケラケラ笑ってやがる。

 仕方ねぇだろ!
 ヘアピンなんて着けた事ねぇし!
 上手く取れるわけねぇじゃん!!

「取れよっ」
「『取って下さいお願いします、レノ様』は?」

 この野郎…。

「『取ッテ下サイ、オ願イシマス、レノ様』!」
「おっ。今日はずいぶんと素直だな」
「言っただろ! さぁ、取れ! 今すぐ取れ!」
「『言ったら取ってやる』なんて言ってないぞ、と」
「なっ?!」

 そして、レノ自身は真っ黒なネズミ耳を髪に着けた。

「ほら。レノ様は『王様』の耳だぞ、と」
「いや。んなこと、どうでもいいから早く取れ」
「ちなみにお前の猫耳は、オシャレキャットの『●リー』」
「それも、どうでもいいから早く取れ」
「はいはい、ちょっとこっち来い」

 ようやく取る気になったのか。
 ちょぃちょぃと手招きされて傍に寄ると、

「ぅわっ…」

 いきなり俺の頭を引き寄せるレノの腕。
 故意か偶然か、唇が重なった。



 パシャリ



 その瞬間、聞こえたのは不吉なシャッター音。
 
 すぐさま顔を離してシャッター音が聞こえた方向に顔を向けると、レノの腕が伸びていて、その手にはしっかりと携帯電話が握られていた。
 画面を確認してレノは頷く。

「よし」
「『よし』じゃねーよっ」

 故意かっ、テメェ!!

 レノの手から携帯をぶん取って、その画面を見る。
 予想通り、猫耳な俺とネズミ耳なレノとのキ、キ、キキ、キス…

「お前にも送ってやろうか。このチュウ写真v」
「削除ーっ!!!」

 迷う事無くメニュー画面から削除を選択。
 よしっ!
 呪いの写真はこの世から抹消された!
 用済みの携帯をレノに返却。

「あーあー。消しちゃった」

 自分の携帯を見て落胆する…

「ま、いいけど。本部の俺のパソコンに送った後だから」

 わけが無かった、この変態がっ!!

「送った?!」
「そ。帰ったらお前にも転送してやろうか?」

 …明後日、レノより早く出社して写真を削除しよう。

「おら、。次、どこ行くんだ?」

 とりあえず、そのニヤけ面がムカつくから

「……コレとコレとアレとアレ」

 絶叫アトラクション、2週目だ。

「…ちゃん。それ全部乗ったじゃねーかよ、と」
「それがどうした」
「……ハイハイ。つきあいますよ、と。ニャンコちゃん」
「ニャンコちゃんって言うな、テメェ…」
「テメェじゃないぞ。王様だぞ、と」
「バカ王?」
「そりゃ、オマエだろ」
「んだと、コラァ!」
「あーハイハイ。次、どれだっけ?」





※※※





 絶叫系アトラクション2週目を終えて、土産を買って配達を頼んだら、外は真っ暗。
 カリブ風の街並みを模した建物に暖かい光が灯っていた。

 夕食は昼と同様、テイクアウトできるファストフードを買う事にした。
 このパークの最大の取りであるナイトショーは中央の港で行われるから、レストランで食事をするとよく見えない…というのは、女子社員からの前情報。
 ショップでハンバーガーを買って外に出た頃には、港の周りは見物客で埋め尽くされていた。

「最前列は無理だなぁ…」

 前方の人だかりの隙間から見えると言えば見える。
 だが、見えるというのはショーの一部であって、全体的にどういったショーなのかは掴めない。
 げんなりと頭垂れる俺の傍ら、レノは辺りをキョロキョロと見回している。

「諦めるのはまだ早ぇぞ」

 そう言ってレノは俺の腕を掴むと、港とは逆方向へと走り出した。

「え、あ、えぇ?!」

 危うくハンバーガーを落としそうになりつつも、レノに引っ張られて付いて行く。
 中央の港に人が集まる分、他のアトラクションやショップは空いていた。
 人気の無い通りまで来てみると、少し離れてはいるが、ナイトショー全体が見渡せる穴場があった。

「うわ! すげぇいい眺め!」
「だろ? さっき上から見た時に見つけたんだぞ、と」

 そう言ってレノが指差す先には、パークでも有数の絶叫マシンの一部が見えた。

「アンタ、ショーの穴場探す余裕があったのか?!」
「レノ様を嘗めんなよ、と」
「………」

 乗り物酔いなんてしてるから嘗めてた…。
 ちょっと癪だが、やっぱりレノは凄い…。

「ほら。始るぞ、と」

 レノが促すと同時に建物の明りや外灯が一斉に消えた。
 中央の港だけが青白いスポットライトを浴びている。

 ショーの始りだ。




※※※





 ライトアップされた一隻の船だけが港に浮かぶ。
 デッキには王様と言われるメインキャラクターが立っていた。
 王様が話し始めたのは、水と火を司る二つの精霊の伝説。
 話しが終わると船と王様は姿を消し、港は静寂と暗闇に支配された。
 何処からともなく流れ出す優美な音楽。
 青白い光を浴びて港に現れたのは、天使を模した水の精霊。
 そして、龍を模した火の精霊。
 水と炎。
 相反する存在は、この港で初めて出会い、その奇跡を奏で始めた。





※※※







ちゃーん?」

「え?!」
「ショー、終わったぞ、と」
「……おぉ」

 このショーが終わった後は、ほとんどの客が土産物のショップか出口に向かう。
 俺達も出口のゲートに向かう為、人の流れに沿って歩き出す。

「リヴァイアサンとイフリートを同時に召還したら、さっきのショーみたいになるのかなぁ?」
「召還する人間1人と、マテリア援護する人間が3人。2体召還すれば計8人必要だぞ、と」
「まぁ、そりゃそうだけど」

 興味本位に聞いてみると、レノからは意外なほど真面目な答えが。
 試しに訓練場でやってみようと思ったけど…。
 それだけの人数の仲間が、意味も無くマテリア援護に応じてくれるとは思えない。

「まぁ、召還マテリアがあれば一人で召還魔法が使えるけどな」
「え、なにそれ? マジで一人で召還できんの?!」

 そんなマテリアがあるなんて初めて聞いた。

「あぁ。だけど、あのマテリア装備するとステータス下がるんだよな」
「えー? 多少下がってもいいから俺は欲しいぞ」
「MPかなり食うぞ、と」
「ぅげ。マジかよ」
「だいたい召還魔法ってのは威力が半端ねぇ分、派手に目立ち過ぎて、隠密行動主体のタークスには向いてねぇんだよ」

 人とぶつかりかけて、俺が一歩遅れる。
 それに気付いたか気付いていないのか、かまわずレノは話を続けた。

「そういうのは戦闘主体のソルジャーに向いてんだ。アイツ等は多少ステータスが下がっても影響無ぇほどの能力を持ってるからな」

 へぇ…。
 マテリアや魔法に向き不向きがあったのか。
 そんな事、俺は考えた事がなかった。

「…そんな話、初めて聞いた」
「もう少し勉強しろよ、と」

 ………。

 あ。

 なんか嫌な気分。



 人の流れに逆らって、俺はその場に立ち止まった。




 報告書を提出するのは、いつも期限ギリギリギリ…というか大抵遅れてる。
 しかも、その一部は他人にやらせてるし。
 遅刻常習犯で、素行も良くねぇ。
 俺なんかより、ずっと不真面目なくせに。



 立ち止まった俺に気づいて、振り返るレノ。

?」

「………」

 遠い。

 なんで、こんなに遠いんだ?

 最初はすぐに追い越せると思った。
 でも、レノは俺のずっと先を歩いている。
 時々、それを思い知らされる。
 近付けば近付くほど、アンタは遠い。

「どうした?」

「………」

 たとえば、この距離。
 たったの5m。

 なぁ、レノ。

 俺がここで立ち止まって、動かなかったら、どうする?
 俺の元まで戻って来てくれる?
 それとも、俺がそこに追いつくまで待っててくれる?

 俺達2人を残して、客はみんな流れに沿って歩いて行く。

「………」

「………」

 レノが俺に背を向けた。
 周りの客と同じように歩き出す。

 ほら。

 俺が立ち止まっても、アンタは待ってくれない。
 俺を置いて、進んで行ってしまう。
 レノとの距離はどんどん開いていくんだ。

 わかっていたのに。

 バカらしい。

 悔しくて。
 虚しくて。
 寂しくて。



 他人に紛れて、レノの姿が小さくなっていく。
 早く行かなきゃ追いつけなくなる。
 でも、足が動かない。
 動いてくれない。



 鼻がツンとなって痛い。
 もう子供じゃないのに。
 目頭が熱くて、涙が溢れてきた。

「…っ……うっ……ひっく…」

 遠い。

 どんどんレノが遠くなって行く。




 そのまま、俺の前から消えてしまうのか。
 俺が追い付けない場所まで、行ってしまうのか。



 行くな。

 行かないで。

 俺を置いて行かないで。



 そうしてる間にも、レノの後姿がどんどん小さくなっていく。
 目立って仕方が無いはずの赤い髪まで、人に紛れて見えなくなってきた。 
 完全にレノが見えなくなってしまう。


 
 その直前。
 一瞬。



 見えた。



 レノの手の平、不自然に俺の方を向いている。



 『掴め』



 鎖で縛られたように動かなかった膝が軽くなる。
 勝手に足が動き出す。
 だんだんと速度を速めて。
 人とぶつかりかけなながら。
 走って、レノを追う。

 パークのゲート直前、俺に向けられていたその手を掴んだ。

 上がった息を整えながら、ゆっくりとレノを見上げると

「遅ぇぞ、ニャンコちゃん」

 俺が走って追いかけてくる事は予想通りだったのか、くつくつと喉を鳴らして笑ってる。

「…ニャンコちゃん…言うな…っての…」
「泣いてやんの。かーわいー」
「なっ、泣いてねーしっ」

 慌てて、空いてる方の手で目を擦る。
 くそっ。
 結局、コイツの思い通りか。

 ゲート周辺は人が集中する場所だけあって、その混雑ぶりは満員電車のようだった。
 離れたくなくて、繋いでいる手に少し力を入れると、ぎゅっと強く握り返された。

「拗ねんなよ」

 微かに聞こえた、レノの呟き。

 俺が何に拗ねたのかアンタは知らないだろう。
 でも、それでいい。
 俺が勝手に拗ねただけだから。
 知られたら、また子供だと笑われてしまう。
 レノとの距離を感じて怖くなった。
 子供みたいに『置いてかないで』って駄々をこねた。
 そんな事してどうなるのか、結果はわかってたのに…。

「…ごめん」

 レノは俺を置いて行く。
 待つ事さえしない。
 でも、ほら。
 この手は、いつも俺に向けられてる。

 『ここまで来い』

 だから、俺は走ればいいんだ。
 全力で走って、この手を追い続ければいいんだ。
 掴めば、ちゃんと握り返してくれるから。
 
 ほんと。
 バカだな、俺。
 せっかく楽しい旅行のはずなのに。
 自分で台無しにしてどうするんだ。





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