慰安旅行 -3-



 その後、向かったホテルはというと…デケェ!! ってのが第一印象。
 普段出張先で利用しているビジネスホテルとは格が違うな。
 大きなシャンデリアに、飾ってある花々、装飾一つ一つが気品に満ちて。
 ……俺なんかが泊まっちゃっていいのかな?
 ここって、社長とか偉いヒトしか泊まっちゃいけねーんじゃねーの?!

「そんなに珍しいか?」

 フロントでチェックインを済ませたレノが、荷物を持って戻って来た。

「俺、こんな綺麗なとこ来た事ねーんだもんっ」
「ふーん。ってか、オマエ、その猫耳いつまでつけてんだ?」
「あ」

 頭の上の方を指差されて思い出す。
 猫耳つけたまま、俺、ホテルに来ちまったのか!!

「ずりーぞ、レノ! 自分だけ外してるなんて! もっと早く言えよ!!」

 うっわーっ!!
 さっきから、周りの客やスタッフから視線を集めているなぁ…とか思ってたら、コレのせいかよ、恥ずかしい!!

「いやぁ、気に入ったのかなぁとか思って、つい♪」
「気に入るかーっ!! さっさと取れよ、バカレノ!」
「あー、ハイハイ。騒ぐと余計に目立って恥ずかしいぞ、オマエが」
「〜〜〜っ」

 エレベーターに乗ってる間に猫耳を取ってもらい、目的の階に到着。
 ああ、恥ずかしかった。
 カードキーでドアを開けて、中に入ってみる。

「おおっ」

 俺が今まで泊まってきたどのツインルームよりも、この部屋は広かった。
 ベッドがデカいし、テレビもデカいし、全体的に上品な感じで…

「うっわぁ…」

 窓から見える夜景は最上級ときた。

「キレー……」

 窓に手をあてて眼下に広がる夜景に見惚れていると、背後からギュッと抱きすくめられた。

…」

 鼓膜を刺激する熱っぽい声。
 レノの唇が俺の耳たぶに触れる。

「……っ」

 あ。

 どうしよう。
 
「レ…ノ…」
「……ん」

 耳に触れるか触れないかの所を、レノの唇がなぞって行く。
 熱っぽい吐息。
 耳たぶを甘く噛まれて、舌で舐められる。

「ひゃっ…ぁ…」

 唇が下りてきて首筋に触れた。

 ヤバイ。
 ドキドキしてきた。

「あの…さ…俺、汗掻いたから……」

 レノの右手が俺のシャツを捲り挙げて、中に侵入してきた。

「シャワー…浴びたいんです、けど…」
「ダメ」
「だ、ダメって…んぁっ!」

 胸の飾りをキュッと摘まれて声が漏れた。

「…っ……ん…」

 カラダが熱い。
 
「ふ……っぁ」

 窓ガラスに映った自分自身と目が合った。
 
 なんて顔してるんだ。

 頬は赤く染まり、瞳は潤んでいる。
 …こんな顔見られたら…バレてしまう。
 
 見ないで。
 見ないで、こんなカオ。

 視線をずらして、窓に映っているレノを覗き見る。
 俯いてしまいたいのに、逃げてしまいたいのに、俺の視線はレノを追う。
 後ろから俺を抱いて、首筋に舌を這わせるレノ。
 その顔が上げられて、



 まずい。

 目が合った。



 ドクン。



 心臓が大きく跳ねる。


   
 今ので、バレた。

 汗掻いたとか。
 シャワー浴びたいとか。
 そんなの建前で。
 ホントは、俺、違う事を望んでる。



 今スグ愛シテ。



 全て見透かされたのだろうか、この淫らな心。
 獲物を捉えた獣の瞳とガラス越しに視線を絡ませて。



 ドクン。


  
 心臓の音がまた大きく跳ねた。

 胸を弄ってるレノの手にも、この鼓動は伝わっているはずだ。
 気付いてるよな?
 俺が何に期待して、何故、カラダを熱くさせているのか…



 眼下に広がる夜景。
 ムードは最高。
 ツインのベッドは隙間無く接していて、おあつらえ向きとは正にこの事。



 レノの顔が俺の頬に近付く。
 後ろを振り返るように、俺も横を向く。
 直接目が合った。



 ドクン。



 レノの顔が更に近付いて、目を伏せる。
 ほら、期待どおり。
 淫靡な口付けで、早く俺を堕として。








 RRRR...RRRR...








 唇が重なる寸前、ベッドの脇に置いてきた俺の荷物から携帯の着信音が響いた。

「………」
「………」

 まさか、ツォンさんからの着信で『任務だ』とか言い出すんじゃねーだろうな…。

「「ハァ…」」

 職業柄、掛かってきた電話を用件も聞かずして無視するなんて出来ない俺達。
 2人同時に溜め息ついて、俺はレノから離れて荷物の方へと向かった。

「誰から…?」
「えーっと……あ、『クルクル頭』から」
「…誰だ、ソレ」
「俺と同期の…ホラ、肩からヌンチャクぶら下げてるヤツ」
「あぁ。あいつか…」

 名前は忘れた。
 だから、アイツの特徴である髪型から『クルクル頭』って呼ぶ事にした。
 着信を訴える俺の携帯の画面にも『クルクル頭』と表示されている。



 Pi



「どうした?」
『あ、? 特に用は無いんだけど。旅行楽しんでる?』

 まさかアバランチが…とか思ったけど、コイツの声の調子からすると特に問題は無さそうだ。

「おぉ。楽しんでるぞ」
『いいなぁ。僕もと一緒に行きたかったよ』

 コイツ後半組だからな。
 ってか、本当に用は無いのかよ。

 ベッドに腰を降ろして呆れつつ話を聞いていると、横から伸びてきた手に携帯を奪われる。

「あ」



 Pi



 まだアイツは話しているだろうに、レノは躊躇いもなく電話を切った。

「電源切るぞ」

 俺が返事をする前に電源を切って、携帯をベッドの端へと放り投げるレノ。
 ぼけっとレノを見上げていると、そのままベッドへ押し倒された。
 覆い被さってきたレノを見上げると、噛み付くようなキスで唇を奪われる。

「んっ…ふ……っぁ……」

 でも、アレ…?
 なんか…いつもと違う?

「…っ……レノ…?」

 瞑っていた目を開けると、レノの唇がゆっくりと離れる。

「怒ってる…?」

 レノの眉間に皺が寄った。

「別に」

 嘘だろ、それ。
 やっぱり怒ってる。
 何、怒ってんだ?
 さっきまで機嫌良かったじゃねーか。



 ………。



 あ、もしかして。
 アイツからの電話のせい?

 その答えに行きついたら、吹き出しかけて口元を押さえた。



 あーそう。
 せっかく良い雰囲気だったのに、邪魔されて怒ってんだ?



「何笑ってやがる」
「だ、だって…ぶっ…くくっ…」

 吹き出すのは堪えたものの、こみ上げてくる笑いは抑えられなくて腹が震える。
 そんな俺を見下ろして、頬を膨らませるレノ。
 さっきの獣の瞳は何処へやら。
 まるで子供だ。
 滅多に見せないレノの表情が可愛すぎて、俺はひたすら込み上げてくる笑いに耐えた。
 溜め息ついてレノが俺が離れようとしたから、その前に、その首に腕を絡めて引き寄せると俺の方からキスをした。
 触れるだけの長いキス。
 唇を離すと、俺からのキスに驚いているレノの瞳が目の前にある。

「拗ねんなよ」

 今日言われた言葉をそのまま返すと、『やられた』という顔をして更にムッと不貞腐れたような顔をした。
 してやったり。
 ニヤニヤ笑いながらレノを見上げてると、その端整な顔が近付いて再び唇を奪われた。
 さっきの続きにしてはムードが台無しだけど、息をする暇さえ与えてくれない深くて官能的なレノの口付けは、どんな状況であっても俺の身体に火を灯す。
 今更抵抗する理由なんて無い俺も、自分からレノを求めて舌を絡めた。
 唇が離れると、透明の糸が2人を繋ぐ。
 頬に伝った唾液を舐めとられ、そのまま首筋にレノの熱い舌が這う。
 時折、チクと刺すような痛み。
 そのたびに、甘い疼きのようなものが腰を熱くさせる。
 俺の腰を撫でていた手は更に熱を追い立てるように腿に触れ、内股へと移動した。

「…ん……っあ…!」

 全神経がレノの手に集中する。

 焦らさないで。
 熱くて堪らない。

 レノの手がゆっくりと内腿を撫でる。
 俺が望む場所にその手が届きそうで、身震いした…。
















 RRRR...RRRR...
















 そりゃねぇよ…。
















 RRRR...RRRR...















 俺の携帯は、さっきレノが電源を切った。
 ってことはレノの携帯じゃねぇの?
 
「………」
「………」

 仕方ないよな?
 と、レノの瞳が許可を求める。
 ああ。仕方が無い。
 と、俺の瞳は承諾する。

 目だけで会話すると、上体を起こして、尻ポケットに入れていた携帯を取り出すレノ。
 画面に映し出されている着信相手の名前を見て、目を丸くした。

「…誰?」
…」
「はぁ?!」

 同じホテルに泊まってるはずの優等生から?
 気分が急降下する。
 まさか…

 『慰安旅行というのは建前です。これから、この地方のアバランチの拠点を探る任務にあたります』

 …とか言うんじゃ。

 クソ真面目なツォンさんとアイツなら言い出しそうな話だ。
 レノも同じような事を考えたのか、真剣な表情で電話に出る。
 彼女は一方的に、『直ぐ来て欲しい』と部屋の番号を伝えただけで電話を切ったらしい。
 いつも冷静な彼女にしては、らしくない内容だ。
 即座にドアへと向かうレノに、俺もついて行こうとしたら止められた。

「オマエは来なくていいから待ってろ」
「はぁ?! 何でだよっ!」
「話聞いて、オマエも必要だったら呼びにきてやるぞ、と」
「一緒に聞けばいいじゃんっ」
「いいのか?」
「おぉ!」
「ココ」
「は?」

 見てみろ、と自分の首筋を指で示すレノ。
 促されるように、ドアの近くにある全身鏡で自分の首筋を確認してみる。

「ぅゲッ!!」

 先程の行為中に付けられたのか、真っ赤な出来たてキスマーク。

「見える所につけるなって、いつも言ってるだろ?!」
「いやぁ、ちゃんが珍しく積極的なもんで、つい…」

 これっぽっちも反省していないだろ、その笑顔!
 レノを直ぐに追い出して、俺は大人しく部屋で待つ事にした。

「ハァァァァァ……」

 盛大な溜め息をついて、ベッドに転がった。

 あーぁ。
 何でこんな事になっちゃうのか。
 つい数分前までは幸せの絶頂だったんだけどな。
 このベッドで2人で抱き合って。
 深く口付けて。
 そして……
 ………。

「……だ、ダメだっ!」

 熱にやられたか、俺の脳ミソ!
 これから任務かもしれないと言うのに、堕落していてどうする。
 パンパンと自分の頬を叩いて、気合を入れ直す。
 とりあえず、自分に出来る事…レノが付けやがったキスマークの隠し方を考える事にした。





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