MARIA -不完全な君- 02





それから案外早くクラウドは見つかった。
クラウドがいたのは、街外れにある古い教会の閉ざされた門の前。

「クラウド」

後ろから抱き締めると、困ったようにクラウドは笑った。

「こんなに早く見つかるとは思ってなかった」
「俺を誰だと思ってんの。ソルジャークラス1stだぜ?」
「鼻も利くしね。子犬のザックス」
「誰に聞いたんだよ、ソレ」

クスクスと笑い合う。
思っていたより機嫌は悪くないようだった。

「今日のミサ終わっちゃったみたいだね」
「あぁ。誰もいないみたいだな」

もともとこの近辺は人通りが少ない。
表通りは煌びやかに飾られてあんなに人で溢れていたというのに、ここは人の気配さえしない。
そうだ。誰もいないなら…

「会いに行こうか」
「誰に?」
「神様」

この教会には誰も住んでいない。
少し中にお邪魔しても、誰も気付かないだろう。
大きな錠が付いているが、鉄格子の門自体それほど背は高くなかった。
格子に足を掛けて登り始め、一番上に着いたら下にいるクラウドに手を差し伸べる。

「不法侵入だよ」
「誰にも見つからないって」

少し考えてからクラウドも同じように門を登り始めた。

門に頑丈な鍵が付いている為か、教会の扉には小さな錠が一つ付いているだけだった。
財布に挿していたヘアピンを取り出して、鍵穴の中に突っ込んで回してみる。

「こういう事よくやるの?」
「まさか。タークスの知り合いが『備え在れば憂い無しv』とか言って持ってたから真似してみただけ♪」
「友達?」
「まぁ、そんなとこ。でもクラウドには会わせたくないな」
「どうして?」
「ソイツがクラウドに手ぇ出したら困るから。お、開いた!」

まぁ、ソイツ…レノにも恋人がいるって聞いた事あるけど、あのタラシ王子が本気で誰かと付き合ってるなんて考えられないし。

「足下、気を付けて」

電気をつけたいところだけど、さすがに誰かに見つかる可能性がある。
ライターを点けて微かな明りを作り、クラウドの手を引く。
奥まで歩いて行くと、控えめな祭壇があった。
上を見上げれば、木造の十字架に架けられたイエスの像。

「………」
「………」
「暗い所で見ると結構ホラーだな…」
「バチが当たるよ?」

吹き出して笑い出すクラウド。
こう見えてけっこう胆が据わってんだよなぁ。

「で、祭壇に置いてあるこの小っこいのがマリア像ってわけか」
「触っちゃダメだよ」
「わかってるって」

腰を屈めて祭壇の上に置いてあるマリア像を見る。
金属製っぽいけど薄汚れてるな。
さほど高価な代物じゃないなぁ…って口にしたらまたクラウドに笑われるかも。

「俺、マリアが羨ましい」

祭壇の前にしゃがんで、クラウドはマリア像を見上げていた。

「俺は男だから子供なんて出来ない…だからこそ、俺にも奇跡が降りかかればいいのに」

小さな切ない声を聞いて、あの時の会話を思い出した。

『それは…俺に浮気しろって事?』
『しろとは言わないけど、それしか方法が無いなら、それでもいい』

本当は嫌だったんだ。
出来る事なら自分が…、そう思っていたんだ。
でもそれが出来ないから、クラウドはあんな事を言ったのか…。

空いている手で、そっとズボンのポケットに触れる。
その中にはレノから貰った一枚のゴム。
神様は子供を作る理由以外での淫事を禁止している。
つまり、避妊の為に使用されるこの小さな一枚は罪の象徴。
でも俺はこれを通して、勇気と覚悟をレノから貰った。
クラウドと繋がりたい。
欲望とは違う形で。

「…クラウドは、何で俺の子供が欲しいの?」

俺も祭壇の前にしゃがんで、クラウドと並んでマリア像を見上げた。

「……俺はザックスが好きだよ」

小さく、呟くような声でクラウドは続けた。

「俺にとってザックスは理想そのものなんだ」

ソルジャーっていう強さだけじゃない。
明るくて楽しくて、活発で行動派で決断力があって、頼りになるリーダー気質。
皆、ザックスの事が好き。
皆、ザックスを頼る。
俺もその気持ち良くわかる。
俺にとってザックスは完璧な存在。

と、信じられないほどの賛辞がクラウドの口から発せられた。

「ほ、褒め過ぎじゃない?」
「そんな事ないよ。ザックスはみんなの憧れなんだ」

恥ずかしくて頭を掻いてしまう。
そんな風に思われてるなんて知らなかった。

「だから、時々すごく罪悪感覚えるんだ」

クラウドの表情に陰が射す。

「ザックスは絶対に英雄になれるよ。世界中がザックスを必要とする日が必ず来る。それなのに、俺と一緒にいれば…ザックスという血は、遺伝子は、後世に残らない」

その声が震えていた。

「俺と一緒にいるからザックスっていう存在が残らないなんて…俺は凄く悪い事をしているような気がするんだ。ザックスを心から尊敬しているから。ザックスの事、誰よりも好きだから…」

何を言えば良いのか。
どう声を掛ければ良いのかわからなかった。
俺はそんな事考えた事がなかったから。
そんな風に思われているなんて考えた事がなかったから。

「だから…別の人との子供を作って欲しい…。浮気してもいい。俺の事忘れてもいいから…気になる女の人がいたら、その人の所へ行ってもいいんだよ……」

クラウドは話す事が得意じゃない。
自分自身の考えを話す事は特に苦手としていた。
そんなクラウドが、自分の思いを必死に伝えようとしてくれているのがわかった。
今にも泣き出しそうな、弱々しい声。
いや、もしかしたら泣いていたのかもしれない。
俺は途中からその横顔を見る事が出来なくなって、俯いてクラウドの声を聞いていた。

クラウドが、それほどまでに望むのなら…。
俺は…俺は……。

再びポケットに触れた。
顔を上げてクラウドの綺麗な横顔を見る。
悲しげに揺れる瞳はマリアを見つめていた。

逃げるな。
これは、この声は、ようやく聞けたクラウドの本当の声。本当の心だ。
だから俺も伝えなくてはいけない。
俺の本当の声を…。

「……なぁ、クラウド」

頭に浮かんだのは、子供を抱く女の像。マリアの話だった。

「マリアが産んだのは誰の子だと思う?」

クラウドは俺の子供が欲しい。

「マリアはヨセフと婚約していた。でも結婚前にイエスを身ごもった。イエスの父親は誰だと思う?」

俺はクラウドとずっと一緒にいたい。

「…神様?」
「なるほど。クラウドはそう思うか」

見つかるはずだ。
俺とクラウド、二人の望みが叶う方法。

「答えは?」
「不明。マリア本人のみぞ知る」

何が言いたいのかわからない、クラウドはそんな顔をしていた。

「こんな話、知ってる? マリアは処女じゃなかったって」

それは随分と現実味が在り過ぎて、身も蓋もない話。

ヨセフという婚約者がいたマリア。
しかし、マリアは他の男と関係を持つ。
それは不義姦通。罪だった。
マリアの罪を表すように、その胎内に子供は宿った。
その罪が知れれば、石打の刑による死罪が待っている。
法律に従いマリアを差し出せば彼女は刑に処される。
しかし、ヨセフはマリアを妻として迎え入れた。
ヨセフはマリアの子供についてこう言った。 
『主の天使が夢に現れ、こう告げた』
女の胎に子が宿った。
この子供は神からの恵み。
人の子が背負うべき全ての罪を解放する、救世主となるであろう…。

「乙女マリアの奇跡の受胎は嘘だったって事?」
「ヨセフと婚前交渉した上で妊娠したっていう話が、可能性的に一番高いと思うけど。まぁ、大した男だよな、ヨセフって奴は」

マリアの罪も、その証も、全て受け入れ共に背負ったヨセフ。
ただただ愛しい人を守りぬきたい。共に生きたい。その願いが故に。

「……マリアはヨセフに悪いと思わなかったのかな」
「思ったかもね…」

俺の方を見たクラウドと目が合った。

クラウド。
ごめん。

「俺だったら辛い…。クラウドがそれを望んでも、ね」

俺には無理だ。
クラウドが好きだから。
誰よりも好きだから。
浮気してもいいだなんて言わないで。
クラウドと一緒に居させて。
突き放すような事は言わないで。

「ごめん…」

トン、とクラウドの頭が俺の胸に当てられる。
そのままクラウドは小さな声で呟いた。
ライターの灯を消すと、胸の中にある金の髪をそっと撫でる。

「俺の方こそゴメン」

顔を上げてクラウドは首を振った。
手を肩にまわして抱き寄せると、クラウドの両手が俺の背中に回った。

「ホントはね。俺、子供が苦手なんだ」

ごめんね、とクラウドは呟く。

「あ、やっぱり?」

なんだ。俺、当たってたんだ。

「想像どおり?」
「うん。あ、ごめん! 別に悪い意味じゃぁ…」
「いいんだ。俺の事、解ってくれて嬉しい」
「そうでもないぞー。全然解ってないから駄目だと思う」
「それ以上解らないでよ。嫌われそうでヤダ」

嫌わない! って俺が言うとクラウドは可笑しそうに笑った。
ようやく笑ってくれた。
嬉しい。
笑ってるクラウドが俺は一番好き。

いつの間にか雪は止んで、天窓から月の光が差し込んでいた。
暫く笑い合ってから、教会を出ようと立ち上がった時

「あ、クラウド」

思いついた。
俺とクラウド、二人の願いを叶える方法。

「何?」
「俺が英雄になったらさ、社長を拉致しよう」

何を言ってるんだ、そう言いたげに目を丸くしてクラウドは俺を見上げた。

「社長ってプレジデント神羅?」
「そう。社長を人質にとって、神羅に俺とクラウドの子供を作って貰う!」

遺伝子操作とかクローンとか、俺にはよくわからないけど。
とりあえず、神羅の科学に不可能は無い!
クラウドは暫く呆けてから、吹き出して笑いだした。

「人を誘拐して脅す英雄なんて聞いた事ないよ」
「なんだったら、セフィロスも協力させる!」

そうなれば怖いもの無しだ。
さすがの神羅も聞き入れてくれるだろう。
そう言うと更に可笑しくなったのか、クラウドは腹を抱えて笑い続けた。

「あ。クラウド、信じてないなぁ?」
「だって、突拍子もなさ過ぎるよ」
「俺は本気だって! その証にこれあげる」

クラウドの掌に手を重ねる。
俺の手が離れた後、自分の手の中に残った物を見て、クラウドの顔から笑みが消えた。

「…これ、まさか」

クラウドに渡した物。
先程まで俺の耳で光っていたピアス。
ソルジャーになったばかりの頃、初任給全額はたいて買った、俺が唯一持っている宝石だ。

「駄目だよっ。これ、凄く高いんだろ?!」
「うん。俺にとっては凄く高かった。でも貰って欲しいんだ。使い古しでラッピングもしてないから悪いけど、クリスマスプレゼントとして」

絶対に駄目だ、とクラウドは頑なに首を振り続ける。

「俺があげたマフラーとは桁が違うよ」
「いいよ。社長を誘拐するのに協力してくれれば」
「それは関係ないって」
「じゃぁ、クラウドがしてるピアスを換わりに頂戴?」
「これ安物だし」
「関係無い。クラウドがつけていた事に価値がある」

酷く困った顔をするクラウドに微笑んでみせる。
呆れたように小さな溜め息を一つついて、クラウドは自分の耳に手をかけた。

「本当に安物だから…つけなくてもいいよ」

そう言って手渡されたクラウドのピアス。
手の平の上で転がる小さな一粒を、指先で撫でた。
先程までクラウドの耳で光っていた物…そう思うと、この小さなピアスがやたらと愛しく思えたんだ。

「…俺の耳につけてくれる?」

ピアスを再びクラウドに渡して、クラウドに見えやすいように膝を曲げて身長差を無くした。
そっと、クラウドの指先が俺の耳に触れる。
耳朶に当てられる金属の先端。
耳に感じていた喪失感が、再びゆっくりと埋められていく。
カチッと耳の裏で音が鳴った。
違う。
先程まで俺がしていたピアスと…違う。
なんだか熱い。
このピアスは、クラウドの鼓動を何よりも近い位置でずっと感じていた。
そして、今度はその温もりを俺に伝えてくれている。
直接触れもしないのに、クラウドを感じているみたいで…凄く照れ臭い。恥ずかしい。

「これは…借りるだけだからね」

そして、今クラウドの耳で光っているのは俺のピアス。
先程まで俺の耳で光っていたものだ。

「っ……」

どうしよう。
俺のピアスがクラウドの耳で光っている。
このピアスを通して俺がクラウドを感じるように、あのピアスをしている事で、クラウドに俺が伝わってしまったら…。

クラウドの顔を見ていられなくなって強く抱き締めた。

「ザックス?」

駄目だ。
どうしよう。
あのピアスをしているクラウドが、今まで見た事がないほど艶っぽくて。

「……恥ずかしい」

心臓がバクバク言ってる。動揺を隠せない。
しまった。
抱き締めている事で、この鼓動がクラウドにも聞こえてしまったらどうしよう。
でも体を離すと、またクラウドの綺麗な顔が目に入ってしまって。
どうしよう。
こんなに恥ずかしい気持ちになるなんて。

腕の中のクラウドがクスクス笑って、俺の背中をポンポンと叩いた。

ピアスの交換がこんなに恥ずかしいなんて思わなかった。
それとも、こんなに恥ずかしく感じるのは俺だけ?
俺って相当なムッツリって事?

抱き締めていた手の力を緩めると、クラウドは俺の顔を覗きこむように首を傾げた。

「似合う?」
「うん。凄く…やらしいくらい」
「なんだよ、それ」

ごめん、クラウド。
クラウドは笑ってるけど、それ本音。
嗚呼。
神様、ごめんなさい。
俺、最低。
クラウドを…こんな目で見るなんて。





 PRRRRR.....PRRRRR.....





二人の話し声のみ響いていた神聖な空間に、突如鳴りだした携帯の着信音。

間違いなく俺の携帯だ。
ジャケットのポケットから取り出して、着信相手を確かめると嫌な予感は的中した。

「…会社だ」

クラウドに許可を得て背を向けると電話に出る。
そして、嫌な予感は更に的中した。
一通り話しを聞いて電話を切ると、クラウドに向き直って頭を下げた。

「ごめん! 任務が入った!」

せっかくのクリスマスなのに。
まだ、クラウドと一緒に居たいのに。
自分で望んで得たものだが、こういう時だけソルジャークラス1stという自分の立場が恨めしく思えた。

「いいよ。ザックスは悪くない」

深く下げたままの俺の頭を撫でるクラウドの手。

「ほら。行こう」

そのクラウドの手に引かれて教会の出口へと向かった。



-to be continue-





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