嗚呼
なんて俺は罪深い
『クリスマス?』
『そうだな…』
『俺、ザックスの子供が欲しい』
俺の愛しい愛しいマリア。
無力な俺をどうか許して。
だってそれはどう考えても無理だから。
MARIA -不完全な君- 01
「つまり惚気話かよ、と」
『つまらない』という感想をめいっぱい顔に出して、俺の悪友・レノは呟いた。
ヒトが屋上で凹んでる時に勝手に居合わせて、興味津々に聞いてきたくせに。
「呆れてないで、何か考えてくれよ」
「なんだよ。種無しか?」
「そういう問題じゃなくて。どう考えても無理だろ」
俺は何かの植物や両生類とは違うから、生憎、自家受精なんて芸当は出来ないんだ。
だからといって、俺が男として何の問題もない身体だとしても、俺とクラウドの間に愛の結晶は造られないわけ。
だって俺は男。
クラウドも男。
ね。子供でも知ってる。男は子供を産めません。
「試してみなきゃわかんねーだろ、と」
それでも隣の赤毛はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる。
お前は楽しいかもしれないけど、当の本人である俺はちっとも楽しくなんかない。
「デキるわけないだろ」
確率0%。
処女の受胎告知以上の奇跡に賭けろって?
そんなの、コウノトリを信じた方がまだマシだ。
「じゃぁ、何処かの女に孕ませるか?」
「冗談じゃない」
って俺は思うんだけど。
『それは…俺に浮気しろって事?』
『しろとは言わないけど、それしか方法が無いなら、それでもいい』
つまり浮気公認?
俺が発した『浮気』という言葉に対して特に嫌な顔をするわけでもなく、淡白に言ってのけるものだから。
『クラウド』
『何?』
『俺、悲しい』
俺が好きなのはクラウドだけ。
それは確かに伝わってる筈なのに。
どうして、クラウドはそんな事を言うのだろう。
子供は欲しいけど俺はいらないって事?
『……ゴメン』
俺の顔を見た後、クラウドは俯いて呟いた。
俺はよほど酷い顔をしていたのだろうか。
確かに…悲しかった。
クリスマス何が欲しい?
ありきたりな明るい話題の筈だったのに。
「クラウドって、そんなに子供好きじゃないと思うんだけどなぁ」
むしろ苦手なんだとばかり思っていた。
それは俺の偏見だったのかな。
「誰の子供でもいいから欲しい、ってわけじゃねぇんだろ」
フェンスに背を預けて煙草をふかしながら、顎で俺を指すレノ。
「『オマエの』子供が欲しいんだろ、と」
オマエの…つまり…。
「俺の子供?」
俺の子供が欲しい。
俺の子供が。
改めてそう考えると、更に複雑だ。
俺自身、子供は嫌いじゃないけど、まだ結婚を考える歳ではないし、今は自分の夢に向かって走る事しか考えていない。自分の子供が欲しいと真剣に思った事はなかった。
でも、クラウドは俺の子供を欲している。
それは一体何故だろう。
「ま。気持ちはわかるけどな、と」
「は?! レノまで俺の子供、」
「誰がテメェのガキなんざ欲しがるか」
「あぁ…良かった。俺の子供をレノなんかに渡したら、どんな酷い目に合わされるか」
「俺だって、オマエの子供の面倒をみるなんて絶対に御免だぞ、と」
「失礼なヤツだなぁ。まぁ、わかってるって。レノも人の子。自分の子供が欲しいと思っちゃう時もあるわけな」
でも意外だ。
レノは子供が嫌い。そういうタイプだと思っていた。
これもまた俺の偏見だったというわけか。
「でも考え直せよ。レノの遺伝子をこの世に残したらヤバイって」
「ほぉ〜、言ってくれるじゃねぇか、と」
いやぁ。これだけは譲らない。
レノは俺の中で『コイツだけは親にならない方が世の為、人の為、ランキング・第一位』だからな。
それにしても、レノまで自分の子供を欲しがるとは…。
一体何なんだ。
何かドラマでも見たか。
「で。クリスマスは結局どうするんだよ、と」
「ん? ん〜。俺、今日の午後から24日まで任務が入ってて、コッチに帰って来れないんだよなぁ」
おかげで、プレゼントすら用意出来ません。
ブリーフィングルームで自分のスケジュールを見て、神様っていないんだなぁ…としみじみ思った。
「じゃぁ、レノ様が救いの手を差し伸べましょうか、と」
ニンマリと笑って、内ポケットに手を突っ込むレノ。
いくらタークスでも、ソルジャーのスケジュールまでは動かせないだろ。
…そう思いつつも何かを期待してしまうのは、レノが数多の女を堕としてきた『タラシ王子』だからか、ただ単に俺に余裕が無いからか。
某猫型ロボットがポケットから道具を取り出すような効果音を口ずさみ、レノがポケットから取り出したアイテム。
5cm四方のフィルムで包装されたペラペラした薄い…って、それって…
「明るい家族計画の味方だぞ、とv」
「…………」
個包装されたコンドーム一枚。
ソレがお前の『救いの手』かよ。
「レノさんよ、何でそんな物ポケットに入れてんだ」
「備えあれば憂いなしv」
嗚呼。
俺、相談する相手を間違えました。
所詮コイツはタラシ王子でエロ王子。
「聖夜に愛し合えば、奇跡が降りかかっちゃうかもしれないぞ、と」
寝ている間にサンタが赤ちゃんを置いていってくれるって?
どんなプレゼントだ、それ。
「だからって何故ゴム?」
「オマエ、マリアのダイヤモンドヴァージン、ナマでぶち抜く覚悟あるのか?」
「………」
色々と相談にのって貰っているレノは、当然知っていた。
俺とクラウド。付き合い始めてから結構経つけど、俺達はまだキスさえしていない。
「プラトニックな恋愛もアリかもしれないけどな」
繋がってみないと、わからない事もあるんだぞ、と。
俺が着ているソルジャー服とベルトの隙間にゴムを差し込んで、レノは去って行った。
今まで女の子と付きあった事がないわけじゃない。
奥手ってわけでもない。
でも…なんだろうな。
クラウドには未だに触れていない。いや、触れられない。
男どおしって事に抵抗があるわけじゃないけど。
その肌にその唇に触れたいと思った瞬間、理性が全てを凌駕する。
『触れてはいけない』
結果、行き場を無くして宙を彷徨う俺の手は、ほんの少しの寂しさと安堵を伴ってズボンのポケットの中へと帰って行く。
嗚呼。
なんて清く美しい関係。
クラウドが隣にいてくれるだけで俺は十分満たされていた。
それなのに、レノからコレを受け取ってしまったのは…今までの俺達の関係に不満を感じた事が無いのは俺だけなのかもしれない…初めてそう思ったから。
クラウドの事なら何でもわかっている。
そう思っていたけど
『俺、ザックスの子供が欲しい』
あの日、クラウドとの間には何の障害も無いと思っていた俺の自信は見事に崩壊した。
俺はクラウドの事を何も解っていない。
だから、ちゃんと話さなきゃ。
どうして俺の子供が欲しいの?
俺はどうすればいいの?
クラウドはどうしたいの?
クラウドの事、もっと知りたい。理解したい。
そして、とうとう迎えたクリスマスイブ。
ミッションを終えて、久しぶりにミッドガルへ戻る。
久しぶりに、クラウドに会えるんだ。
まるで恋愛成就のお守りに縋るようにポケットの中に突っ込んだのは、あの日レノから貰った一つのゴム。
繋がりたいと思ったから。
本当の意味で…。
ミッドガルに着いたのは昼頃だったが、報告後に仲間と会話していたら、いつの間にか外は真っ暗になっていた。
慌てて本社ビルを飛び出すと、雪がちらついている。
クラウドと待ち合わせをしている場所は8番街の大きなツリーの下。
走って約束の場所へ向かうと、誰もが待ち合わせ場所に選ぶのか、普段とは比べ物にならないほどの混雑ぶり。
恋人待ちの男女の中を掻き分けるように進んで、金色のチョコボ頭を探す。
えーっと…あ、いた!!
「クラウド!! 遅れてゴメン!」
「ザックス。いいよ、俺も今来た所だから」
ふんわりと笑いかけてくれるクラウドの白い頬に触れると、ひんやりと冷たさが伝わってくる。
「ごめんな」
本当はずっと前から待ってたんだろう。
「ザックスの手が温かいだけだよ」
くすりと笑うクラウドの冷えきった手を掴み、人混みの中から離れる。
「とにかく店入ろう! クラウド何食べたい?」
「ん? うーん…あ、あそこがいい」
クラウドが指差す方向にあるのは意外や意外。ファストフードの店だった。
「……え、ハンバーガー食いたいの?」
「うん。今、期間限定で凄く大きいハンバーガー売ってるんだ」
そりゃ、俺もクラウドもハンバーガーはよく食べるけど。
ひょっとして遠慮してるのかな?
クリスマスくらい贅沢したって罰はあたらないだろう。
前もって何処かのディナー予約してなかった俺が悪いんだけどさ。
「もうちょっと高いものでも…」
「ザックスは嫌?」
「嫌ってわけじゃぁ、」
「じゃ、決定」
………。
という事で、聖夜の晩餐は通常サイズの2倍ほどあるハンバーガーとなったわけです。
「「メリークリスマス」」
シャンパングラスではなく、カップコーヒーを互いに当てて一口飲む。
ロマンの欠片も無いけど、俺はこっちの方が落ち着くんだよなぁ。
女の子が望むような、ロマンチックに夜景を見ながらホテルでの高級ディナー…そういうのが俺は苦手。
それよりは、テーブルマナーなんて気にしなくて良い、気楽に入って気楽に出れる店の方が断然美味く感じる。
もしかしたらクラウドは俺の事をそこまで解っていて、この店を選んだのかもしれない。
解っていないのは、やっぱり俺だけか。
「ザックス。これ…」
ポテトを摘んでいると、赤いリボンで綺麗にラッピングしてある袋を差し出された。
「貰ってくれる?」
そうか、クリスマスプレゼント…しまった!!
「クラウド、ゴメン!! 俺、」
「いいよ、今日まで任務だったんだろ?」
「…ゴメン」
最低だ。
昼にはミッドガルに戻って来れるから、早く会社を出てプレゼントを買いに行く予定だったのに。
「それより開けてみて」
胸の中にチクチクとした痛みを感じながら、クラウドから受け取った袋のリボンを緩める。
中から出て来たのは、黒地に青い模様を効かせたマフラーだった。
「じつは俺の分も買っちゃったんだ」
鞄の中から全く同じ柄のマフラーを取り出して、頬を染めて首に巻くクラウド。
「ザックスと…お揃い」
……っ。
あぁ! もうっ! 大好きだ!!!
あまりの可愛さにグッと拳を握り締めてガッツポーズをしてしまった。
お揃い買っちゃったなんて、お揃い買っちゃったなんてっ!
なんて可愛いんだ、俺の天使!
「使ってくれる?」
「当然!!」
即座にマフラーを首に巻いて見せると、嬉しそうにクラウドは微笑んだ。
好きだ好きだ本当に大好きだ。
幸せ過ぎて幸せ過ぎて…どうにかなってしまいそう。
「クラウド、クラウド! あのセーターとかどうだ?」
「この店ちょっと高いよ。俺には勿体無いから」
店を出た後は手を繋いで、光り輝くイルミネーションに包まれた街の中を歩いた。
「そんな事気にするなよ。俺も何かプレゼントしたいし…」
ショーウィンドーに飾られた物を指差すのはもう何度目だろう。
どれを見てもクラウドは首を横に振るばかり。
困ったな。
俺もクラウドを喜ばせたいのに。
「…無理だから」
「え?」
繋いでいた手を離して、10mほど距離をとったら振り返って俺を見る。
「クラウド?」
「俺の本当に欲しいもの。ザックスには無理なんだろ?」
頭の中で、あの時のクラウドの声が響いた。
『俺、ザックスの子供が欲しい』
クラウドが本当に欲しいもの…俺は知っている。
でも、それは…それは……。
「クラウド、俺…」
「我儘だってわかってる。でも、他に欲しいものなんて無い」
「クラウド!」
俺に背を向けて走り出すクラウド。
直ぐに追いかけようとしたら、擦れ違う人とぶつかってしまった。
謝っているうちに、クラウドの姿が人混みの中に紛れて見えなくなっていた。
「クラウド…」
それでも走る。
追いつけないほど離れてはいないはずだ。
好きだ好きだ本当に大好きだ。
幸せ過ぎて幸せ過ぎて…余計に悲しい。
俺は何もしてやれない。
-to be continue-
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