真夏の夜の夢 04
その後、結局3人は、折角なので氏家の言う通り武田に会いに行くか、と武装の溜まり場で有名なスクラップ置き場に向かった。
ちなみに九里虎の方は、たまたま通り掛かった鈴蘭の1年を脅して見張りをさせているので何かあれば連絡がくるだろう。
こうして、スクラップ置き場に到着した頃には、日が傾き、空が赤く染まっていた。
門は開いていたので、奥のプレハブに向かって真っ直ぐ歩いて行く花澤とマサ。
さすがアホは違う。
何も考えてねぇ。
敬意の欠片もない事を思いながらも、その堂々とした態度は決して嫌いじゃない。
小さく息を吐き、グッと神経を集中させると一歩後ろに続いた黒澤。
ここにはアイツがいる。
春、武田とたった二人で鈴蘭に乗り込んで来たあの男。
「ンだ、てめぇら! 何しに来やがった!!」
ほら、やっぱり。
高々と積まれた廃車の山の間から現れたのは、顔に十字の傷を持つ坊主頭・河内鉄生。
直接拳を交えた事はないが、同じ世代の黒澤にとって避けては通れない存在である。
やって来た相手が黒澤のみならまだしも、鈴蘭の幹部である花澤とマサが一緒ならば、さすがの武装も冷静な対応に出るはずだが、鉄生は違った。
それ以上先には進ませないとでも言うように、立ち塞がる。
身の程知らずで馬鹿だが勇敢だ。
そういう所を花澤は気に入っているらしく、ハッハッハッと笑った。
「よー、鉄生。お前一人しかいねーのか?」
「鈴蘭が一体何の用だ!」
「ガキに用はねーよ。本当に誰もいねーのか?」
今にも飛び掛かってきそうな獰猛な顔つきで睨んでくる鉄生に、黒澤が舌打ちをした所でまた別の男が現れた。
「おい、どうした!」
「源兄」
「お。よぉ、稲田!」
「ゲッ! 鈴蘭…!」
の、ゴールデンバカ…と口だけが動いたのに気付いたのは幸か不幸か黒澤だけだった。
親しげに手を挙げた花澤を見て、あからさまにイヤそうな顔をしたのは、稲田源次。武装戦線の幹部だ。
「こんな所に一体何の用だ?」
「おぉ。武田いるか?」
源次の眉間に皺が寄った。
「…好誠に何の用だ」
『武田好誠』の名前が出ただけで、声色が変わる。
武装にとって頭は絶対的存在だ。
特に現・五代目頭の武田好誠は歴代武装の中で最もカリスマ性があり、その統率力は並外れていると聞く。
怒んなよ、と花澤は笑うが空気はピリピリしていた。こちらとしては、今武装と争う理由は無いが、向こうは違う。軽々しく武田の名を出すだけで命取りだ。
同行しているのが秀吉だったら、火に油状態だが、ここにいるのは同じ犬でも狂犬ではなく子犬だった。
「ちょっと武田に頼みてぇ事があるんだよ」
マサが一歩前に歩み出る。
「頼みてぇ事?」
「おぉ。えーっと何だっけ? そうそう! 武田のプラズマクラ●ターを借りてぇんだ!」
「「「はぁぁぁ?」」」
なんだそりゃ、と思ったのは源次、鉄生、そして黒澤だった。
花澤は腕を組み大きく頷いているので、どうやら理解しているらしい。さすが同レベル。
「………」
「………」
「………」
微妙に白けた空気が流れ、ハァとため息ついて源次は鉄生に向き直った。
「おい、柳呼んで来い」
「えっ?!」
「アイツ、頭良いからよ。バカの通訳も出来るだろ」
てめ、バカとは何だ! バカとは!!
というマサの訴えは完璧に無視している源次。
…バカの通訳が出来るのはバカだけではないだろうか。
「奥にいるからよ」
「で、でも今行くと…」
「いいから行ってこい」
珍しく随分と困ったような表情で鉄生は源次に食い下がったが、仕方なく奥に走って行った。
そして、副頭である柳臣次を連れて来た時にはその坊主頭に一つのたんこぶを作っていた。
鉄生に連れて来られた柳は、鈴蘭の幹部二人を目にしてもそのポーカーフェイスを崩す事なく、源次に問いかけた。
「何だって?」
その問いに答えたのはマサだった。
「武田のプラズ●クラスターを借りてぇんだよ」
「………」
先程と同様、場が白けた。
…と思いきや。
「…確かに好誠は清浄な空気を出しているが」
出してるのか。
「空気清浄機なら電機屋にあるぞ」
「いや、なんかよくわかんねーんだけど、武田のプラズ●クラスターが良いらしんだよ。鳳仙の氏家が言ってたんだ」
「………」
そうか。聖域と空気清浄機を勘違いしているのか。
と、理解したのは黒澤だけだったが、この場で武装の頭が聖域だとかいう痛い話をする気は無かったので、あえて何も言わなかった。
…言わなくても、なんとなく会話が成立しているような気もするし。
それに、どれだけ丁寧に説明したとしても、あの武装が親切に頭を呼ぶはずがないだろう。
「無理だな。好誠は留守だ」
やはり、そうきた。
「バイト?」
「言う必要は無ぇ」
「えー……」
柳の態度に折れる気が無いと察したのか、金山と氏家には飛びついた、あのマサが諦めた。
つまんねーと呟きつつ去って行くマサと、それを宥める花澤、残っていても意味が無いのでとりあえず付いて行く黒澤の3人を見送った後。
「何かあったのか?」
スクラップ置き場の奥から、清浄な空気を出しているらしい武装戦線頭・武田好誠が両腕を上げて伸びをしながら現れた。
「好誠」
アホに対しても揺らがなかったポーカーフェイスが瞬間的にふわりと柔らかく解れ、柳が微笑んだ。
その変わりように「ゲ…」と顔を顰めたのは源次だけで、鉄生は「頭、おはよーございます!」と勢いよく頭を下げている。
「起きたのか」
「あぁ。お前が取り付けてくれたファン、アレ良いな。おかげで気持ち良く眠れたぜ」
ありがとな、と笑む好誠に柳はより一層笑みを深くし、一緒に歩いてプレハブの方に戻って行った。
その場に残された源次は、鉄生の坊主頭の上にある立派なタンコブを見つめて訊いた。
「…それ、柳だよな?」
「そーっすよ! 酷ぇっすよ、源兄! 頭がソファで昼寝してるから近寄るな、声掛けるな! って柳のアニキに言われてたのに!!」
いや、悪いのは俺じゃなくて、柳だろう。
だいたい俺等に近寄るな、声掛けるな、って言っておきながら、なんてテメェだけ向かいのソファに座ってんだよ。ただ自分が好誠の寝顔を独占してぇだけじゃねーか。
…と思ってはいるが、キレると怖い副頭に文句は言えない源次だった。
「アイツ…本当に十三さんに似てきたな」
源次がハァと溜息つくのを見て、鉄生は不思議そうに首を傾げたのだった。
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