真夏の夜の夢 03




駅前に到着してから、案外早く九里虎は見つかった。

特に隠れる必要もないのだが、何故かマサが「隠れろ!」と言ったので、植木の影に隠れて駅前通りを歩く九里虎を観察する。

さすがに驚いた。

九里虎は確かにやつれていた。
それこそ「ゲッソリ…」という表現がぴったりな程に青白く、頬は痩け、目は虚ろだった。


「な? 5日間下痢続きで内臓も栄養も何もかも出し尽くしましたってツラしてるだろ?!」


何故か嬉しそうなマサ。


「いやいや、あれは、エッチぃDVDを観ようとしたら、間違えてガチムチ系のゲイのAVを借りて来てしまったって顔だぞ」


そう悲しげに言う花澤は、もしかしたら経験者か。


「確かに…。ケータイに登録してた女が全員集合して、散々責められ殴られ蹴られ、結局全員から捨てられた…ってツラっすね」


そう答えるのは黒澤。実にリアル。


『負』のオーラを一身に背負いながらトボトボと歩く九里虎を見て、行き交う人々はギョッと目を丸くし、何か変なモノを充てられないように、出来るだけ九里虎から視線を反らして足早に離れていく。
まぁ、その気持ちは分かる。
自分があの場にいたら、まず避けて通るだろう。

そこに、いかにも遊んでいそうな女子高生達が、異様にじめっとした空気をまとっている九里虎の存在に気付かず前方から歩いて来た。

一緒に連んでいる黒澤は勿論の事、マサや花澤も思った。

そこそこ可愛くて、尻が軽い。
あれは九里虎の好みのタイプだ。

だがしかし、九里虎は彼女達に目もくれず、そのまま擦れ違った。
九里虎の存在に気付いた彼女達が「キャァ、何このゾンビ!!」と悲鳴を上げたのさえ耳に入らなかったようだ。


九里虎が、

あの、九里虎が、

女を見れば速攻ナンパする、あの九里虎が…!


3人は互いの顔を見合わせた。
思う事は一緒だ。
ありえない光景を見て、真夏の屋外だというのに冷や汗が流れ落ちる。


「変っスね」
「ありえねー」
「なんとかしねーとヤベェんじゃね?」
「なんとかするって、どうするんだ?」
「クロサー、本当に心当たりねーのかよ?」
「いや、それがマジで何も思い当たらねーんスよ」


植木の影から、そーっと3人顔を出して九里虎を見る。

猫背でとぼとぼ歩く九里虎。
何かに躓いて転びそうになり、再びとぼとぼと歩き出す。

あ、また躓いた。
てか、人にぶつかったし。

って、えー?!

アイツ、今、自分から謝ったぞ?!


変だ。変すぎる。


と、その時。


「鈴蘭のゴールデンバカが揃って何やっとんじゃぃ」


背後から聞こえたのは聞き覚えのある岡山弁。
がばっと3人が振り向くと、


「「キングジョー!!」」
「おー。相変わらず暇そうじゃのー」


そこにいたのは鳳仙学園の頭、キングジョーこと金山丈と、同じく鳳仙学園のNo.2である氏家純だ。


「ちょっと来い!」
「お。おおお? 一体何じゃい!」


花澤はガシッと金山の腕を掴むと、その巨体を脇の路地まで引きずって行った。
慌てて氏家とマサ、黒澤がそれに続く。

そこの路地からも九里虎はよく見えた。
今は通り沿いのビルの案内板をぼけーっと眺めている。
金山の肩を組み、花澤は「あれだよ、あれ」と九里虎を指さした。


「わしんとこにも報告が来とるわ。あの花木がおかしいての」


いや、それより、あまりにも馴れ馴れしいだろ、と思った氏家と黒澤だったが、金山は特に気にしていない様子だった。
実はこの二人、時々一緒にパフェを食べる仲だったりする。


「今がチャンスじゃ言う奴も多かったんじゃが、そのうち、ありゃ異常じゃ関わらん方がええて言いだしよっての。どんなもんじゃ思うとったが…確かに、黒いもん背負うとるのー」
「だろ? 俺等も気持ち悪くてよー。どうしちゃったんだろな、あいつ」
「どうしたて…」


肩に回った腕を離して金山は改めて花澤を見た。


「言うたじゃろ。黒いもん背負うとるて」


「は?」


何を言ってんだ。
花澤だけではなくマサと黒澤も不思議そうな顔をしたので、面倒臭そうに氏家が付け足した。


「憑いてんだよ」
「何が」
「……ユーレー」


ユーレー。

ゆうれい。

幽霊?!


「「「は?!」」」


「そんなに驚く事かぃ」


ボリボリと首の後ろを掻いて金山は憮然としている。
それに対して鈴蘭の幹部二人の驚きようときたら…氏家と金山に背を向けて隅の方でしゃがみ、こそこそと。


「まさか、キングジョーに霊感があったとは」
「人は見掛けに寄らねぇな、マサ」
「いや、見掛けなら本職に見えない事もねーぞ、ゼットン」
「本職って?」


こそこそと話し合っているわりに丸聞こえなので、黒澤はつい口に出してしまった。


「…もしかして坊主っスか?」


すると、ポンと手を打って花澤は振り返り、金山を見た。


「へぇ、お前、寺の息子だったのか」

「何を言っとんじゃ! わしゃ普通のサラリーマンの息子じゃ!」


リーマンの息子だったのか。それはまた似合わねぇな…。
花澤とマサに黒澤を加えた3人の無言の訴えを無視して、金山は続けた。


「わしゃ、そこまで感が強ぇわけでもないけぇ、何が憑いとるかまでは分からんが、ありゃ放っておくと厄介な影じゃて。なぁ、氏家」
「あぁ。早く手を打たねーと、本当に死ぬかもしれねーぞ」


そんな話を聞いた花澤とマサは、またこそこそと話し始める。


「ウッジーにも見えてるみてぇだぞ、マサ!」
「鳳仙の奴等って、ひょっとして全員シックスセンスの男かもしれねーぞ、ゼットン!」
「俺は全員、寺の息子だと思ってたぜ!」
「へぇ、伊達に剥げてねぇな、鳳仙」


やるじゃねーか! +d(>▽<)

振り向いて、グッと親指を立ててみせる花澤とマサに「アホか!」と金山と氏家が一喝し、これ以上アホには付き合ってられん、と帰りそうになったのでゼットンが力づくで引き止めた。無駄にデカい体が役に立つのは、こういう時だけだ。
ちなみに黒澤も帰りたい気分になったのだが、無駄にデカい体が二つも並んで、路地から出られず、折角の逃走のチャンスを逃してしまった。

そこで、鈴蘭のゴールデン・バカコンビはようやく真面目に考えるようになった。

金山と氏家から聞いたのは随分と現実味の無い話で、普段なら笑い話にしかならないのだが、九里虎は実際に異常なほど痩せこけているではないか。
ついでに言うなら坊主頭の奴にそういう類の話をされると、やけに説得力があるように感じるし。
例えその坊主頭が実際にはサラリーマンの息子でも、だ。


「お前じゃ何とか出来ねぇのかよ」
「さっきも言ったじゃろ。わしにはそこまでの力は無ぇし、それに今は忙しいんじゃ」
「忙しいって?」
「これからバイトの面接に行く所での」
「バイトって何処の?」
「北口に出来たクレープ屋じゃ」


マサ、花澤、黒澤は無言で互いの顔を見合わせた。

確か、先月オープンしたんだっけ。
いつ見ても女子高生とかカップルが群がってんだよな。
あの店で鳳仙の厳ついハゲがクレープを焼くって言うのか?
ピンクのエプロンして?


「無理だろ」
「買いたくねーな」
「店が潰れるっスね」


「面接受ける前から何言っとんじゃ、お前等!」


「いや、俺も無理だと…」
「お前まで何を言うとんじゃ、氏家!」


これ以上話しとれん!
そう言って履歴書片手に再び歩き出し、通りに出た金山の背中にマサが、ガシッと飛び付いた。


「おい、見捨てるのか! 九里虎を見捨てるのか!」
「えぇぇぃ! 離せ! わしゃこのバイトの面接に賭けとんじゃぃ!」
「九里虎の命が係ってんだぞ!」


マサがそんなに後輩思いだったとは。
花澤は勿論の事、中学からの後輩である黒澤もうっかりジン…ときた。


が。


「バイトより面白そうだと思わねぇのか?!」
「思わんわー!!」


ガクッと全員が肩を落とした。
まぁ、そうだろう。
所詮は他人事だ。

背中にへばり付いたマサを離そうとバッタンバッタン暴れ回る金山。

…サルとゴリラが戯れてやがる。

鈴蘭の二人どころか、同じ鳳仙の男にまでそんな事を思われているとは知らず、行き交う人々の注目を集めている二人組。

先に折れたのは金山の方だった。


「あーもー、しょうがねーのー! おい、氏家! こいつらに付き合うたってくれ!」
「はぁぁぁぁっ?!!」


折れたは折れたが、結局は他人任せだった。


面接に遅れる、と慌てて金山が去って行き、残された哀れな鳳仙のNo.2はなんとも複雑な顔で九里虎がいる方向を見た。
ちなみに今現在、九里虎はファストフード店に入り、どんよりと重たいオーラを背負いながらソフトドリンクを飲んでいる。


「女だな、ありゃぁ…」


目を細めて氏家は呟いた。


「女?」
「あぁ。年上の女。背後にぴったりくっ憑いてやがる。監視してるみたいだな」
「わかった! ストーカーだな!」
「女にストーキングされるなら本望じゃねーの?」
「まぁ、アイツならそうかもしれないっスね」

「………」


いまいち深刻さの足りない3人を見て氏家は溜め息を吐いた。


「お前らなぁ…冗談抜きでアレはヤベェぞ?」


死人ってのはキレるとヤベーんだよ。
生前あった理性ってもんが吹っ飛んでんだ。
恨んだら、恨みっぱなし。
しかもどんどん根深くなる。
自分では止まらねぇし、止める奴なんていねぇ。そりゃそうだ。死んでんだからな。


と氏家は説明するが、マサと花澤はモテ組ではないので、女で痛い目にあった経験は無いし、黒澤は割り切っている女にしか手は出さないので、いまいち理解出来ない。


「じゃぁよ、ウッジー君。ちゃちゃっとお祓いしてやってくれよ。女と遊びまくってるアイツに天罰が当たったんだろうけど、あんな状態の奴が同じ鈴蘭にいるってのは気色悪いしよ。礼は本人からぶん捕ればいいから。な?」


バンバンと花澤に背中を叩かれて前のめりになった氏家だが、溜め息と同時に首を振った。


「悪いが、力になれそーにもないぜ」
「は?」
「俺は見えるけど、祓う力は無ぇからな」
「え?!」
「キングジョーはなんとか出来るって言ったぞ!?」
「出来るとは言ってねーだろ。付き合ってやれ、って言っただけだ」


悪かったな、と言ってその場を去ろうと通りに出た氏家に、再びガシッとマサが飛びついた。


「待てよ! お前まで九里虎を見捨てるのか?!」
「仕方ねぇだろ! 出来ねぇもんは出来ねぇんだよ! ってか、花木の問題は鈴蘭の問題だろう! ウチを巻き込むな!」


まぁ、確かに。
と思った黒澤が思うと同時、横にいた宇宙怪獣が、サルとハゲの壮絶な戦いに加わり、大袈裟にディフェンスをし始めハゲの行く手を塞いだ。


「でもウッジー君よぉ! 九里虎がいつまででもあんなだと鳳仙の奴等も気味悪ぃだろ?!」
「そ、そうだけどよ!」
「だったら何か役立つアイテムを置いて行こーぜ? 数珠とか仏像とかよ」
「俺ぁ、寺の息子じゃねーよ!!」


花澤と氏家の会話にマサが目を輝かせた。


「じゃぁ、十字架とか聖水でもいいぜ!」


…若干違っている。

またもや通行人の視線を集めている3人だが、よくよく考えてみれば今がチャンスだ。
黒澤は少しずつ3人から距離を取り、他人の振りをしてその場を去ろうとしたのだが、その時、とうとう折れた氏家は意外な人物の名前を口にした。


「じゃぁ、武装の武田に頼めよ!!」

「は?」


武装の武田と言えば、この街で知らない人間はいない武装戦線の頭・武田好誠の事だが…。


「武田は寺の息子じゃねーだろ」
「いや、あのな…ジョーも俺も寺の息子じゃねーし、まず霊感持ってる奴イコール寺の息子だって偏見を無くせ」


という事は、武田も霊感をもっているという事か。
と思ったが、氏家は微妙な表情をした。


「持ってるというか、持ってねーというか…本人は気付いてねーと思うぞ」
「なんだ、そりゃ」


ボリボリと頭を掻いて何と言っていいやら、と氏家は暫く考え、そしてこう言った。


「悪いモノがどうしても近寄れねー場所があるんだよ。なんつーか…聖域とか、そういう感じの場所な」
「寺とか教会とか?」
「建物っつーより、土地だろうな。俺もよく知らねーんだけどよ」
「ふーん…で?」
「ようするに、武田がソレなんだわ」
「武田が、聖域?」


暴走族の頭が聖域?

さすがに花澤とマサも引いているのを見て、氏家はイラッと口調を荒げた。


「分かんねー奴には分かんねーんだよ。俺だって最初に武田を見た時は、こんな奴がいるのかって別の意味でビビったからな。とにかく、そこに存在してるだけで、呪文とか札とかの効果があって、悪霊とかそういうヤバいのが近寄れねー存在が世の中にはいるんだ。俺には霊能者の知り合いなんていねぇし、知ってる限りじゃ、花木をなんとか出来るのは武田ぐらいだ。だから、武田になんとかしてもらえ。俺にゃ無理だ。あとはテメェ等でどうにかしろ!」


そう早口でまくし立て、氏家はこれ以上面倒な事に巻き込まれては堪らないというように、さっさとその場を去って行った。

またもや逃げ遅れた…、と黒澤は肩を落とした。

九里虎の事は確かに気になる。
気になるが、今、鳳仙の二人から聞いた話を全て信じられるわけではない。


「スンマセンけど、旦那、マサさん。マジで信じてますか? 今の話」


元々、黒澤は霊とか悪魔とかそういう現実味の無いものは信じないタイプだ。
金山と氏家の態度は冗談を言っている感じではないと分かってはいるが、だからといって、体験した事もない霊現象を簡単に信じられるほど黒澤は単純ではない。


「んー、俺は半々かな。心霊体験なんてした事ねぇしさ、面白そうじゃん」


とマサは笑う。


「俺は信じるぜ! かという俺もな、不思議体験をした事があるんだぜ!!」


偉そうにふんぞり返るのは花澤。
それを聞いてマサがキラキラと目を輝かせた。


「へぇ、何々? どんな?」
「学校のトイレの個室に引きこもっていた時の話だ。突然電気が消えてな。真冬の夕方だから当然、トイレの中は真っ暗になるわけだ。驚いた俺は電気を付けに行こうと個室から出ようとした。そしたら開かねぇんだよ、ドアが! またもや俺は驚いて、ドアを蹴破ってやろうとしたんだ。そうしたら聞こえたんだよ。誰もいないはずの隣の個室からクスクスと笑う声が!」


その時の体験を思いだしてか「ヒィィィ」と小さな悲鳴をあげ、ガクガクと震える自分の肩を抱き締める花澤だが、それを黒澤は白い目で見ていた。

ってか、それって、あからさまに人為的じゃねーか。


「あ、それやったの俺だわ」


って、アンタかよ!!


「Noooooooooooooo!!!!」


けろりとしたマサの自白に花澤はムンクの叫びのようなポーズをとった。







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