真夏の夜の夢 02
花火大会の日から1週間後。
今働かずしていつ働く、とでも言うように鈴蘭高校1年の黒澤はバイトに精を出していた。
今日は飲食店の裏方のバイトの日。
ランチタイムのピークを終え、裏口で休憩をとっていると、そこに意外な人物が顔を出した。
原田十希夫、だ。
確かに十希夫とは親しい関係にあるが、わざわざ互いのバイト先に顔を出すほど仲がいいわけではないので、その突然の訪問に黒澤が驚いていると、十希夫は神妙な顔で
「なぁ、お前…九里虎に何やらせてんだ?」
と問いかけた。
「はぁ?」
黒澤の眉間に皺が寄る。
その反応に十希夫も眉間に皺を寄せた。
「何も知らねーのかよ」
「何を」
「九里虎」
「だから、九里虎が何だってんだよ」
ポリポリと首の後ろを掻いて、なんと言っていいものか暫く考えた後、十希夫は黒澤にこう告げた。
「アイツ、やつれてるぞ?」
「は?」
対する黒澤の反応はなんとも間抜けなものだった。
女に振られれば多少凹むが、翌日には直ぐに新しい女を引っかけて、男に突然殴られれば、地獄の果てまで追いかけて10倍返しは当然の事。
感情の浮き沈みは激しいが、根に持つ事はない。
花木九里虎とは非常に単純で図太い精神力と生命力を持った男だ。
そんな男がやつれる?
何かの冗談だろう。
「俺はてっきり、キレたお前がまた鬼のようなお仕置きプレイでもしてんのかと思ってよ」
「何だよ、お仕置きプレイって」
冗談なのか本気なのか分からない十希夫の話に、黒澤はガクッと肩を落とした。
自分は常識人の筈なのに、九里虎と連んでいる為か、変人扱いされる事が多くなっているような気がする。
非常に迷惑な話だ。
「休みに入ってから会ってねーぞ」
「へぇ、そうなのか」
「夏バテじゃねーか? キャラじゃねーけどよ」
「あぁ、確かに」
アイツもかろうじて人間だしな。
そう笑って十希夫は去って行った。
一体何なんだ。
この時は特に気にも留めなかった黒澤だった―――が。
翌日。
「黒澤。九里虎の奴、どうしたんだよ、あれ」
翌々日。
「よぉ、黒澤。なんで九里虎、あんな事になってんだ」
翌々々日。
「おーい、黒澤。九里虎の奴、おかしいぞ?」
十希夫から始まり、金次、ブッチャーといった鈴蘭1年の連中が続々と黒澤の元を訪れ。
一体アイツは何をやってんだ。俺に迷惑かけてんじゃねーよ。
と黒澤本人もイライラし始めた頃、とうとう鈴蘭の幹部に呼び出される事になった。
通常ならば鈴蘭高校A校舎屋上に呼び出される所だが、あいにく今は夏休み中の為、ファミレスに呼び出された黒澤。
それを囲むのは、鈴蘭の幹部5人。
揃いも揃って暇だな…と内心、黒澤は呆れた。
「あの九里虎を見て、よその生徒まで顔色悪くしてるぞ」
と、コーヒーを啜る軍司。
「死神に取り憑かれたようなツラしてるからな」
と、漫画を読んでいる秀吉。
「まぁ、ちょっとやそっとじゃ死なねーとは思うんだけどよ」
と週刊誌のページを捲る米崎。
「なぁクロサー。お前さー、九里虎に何しちゃってんの、あれ」
とパフェを食べながら花澤。
「なんで、俺が何かしたって事になるんスか…」
ハァと溜め息吐いた所に、黒澤に一番近い席にいたマサが黒澤の両手をギュッと握り、
「クロサー」
「…っス」
「正直に言ってみろ」
「…は」
「断食プレイか」
「………」
なんスか、それ。
「「「「ぶははははははははっ!!!」」」」
黒澤が絶句しているのを余所に、周りの幹部は腹を抱えて笑い始めた。
「そりゃ、エグい! エグいぞ、黒澤!」
「さすがの九里虎もそりゃキッツイぜ」
「まさかお前がそこまでSだったとは」
「そうかそうか。モヤシ野郎が好みなわけか」
「諦めろよ。ヒョロい九里虎なんてキモいだけだぜ?」
ゲラゲラと笑い続ける先輩方を見回し、ハァと溜め息ついて黒澤は言った。
「俺、休みに入ってから、アイツに一度も会ってないんスけど」
「「「「「……………」」」」」
爆笑から一転、急に静まり返る鈴蘭幹部一同。
一体何なんだ。
黒澤が居心地悪そうにしていると、秀吉がチッと舌打ちをした。
「……つまり、は」
「勝ったーっ!!」
秀吉の呟きを花澤の歓声が掻き消した。
ガバッと勢いよく立ち上がり両手でVサインを掲げる花澤。
軍司、マサ、米崎はガクッと肩を落とす。
「まぁた、お前の一人勝ちかよ、ゼットン」
財布から渋々500円を取り出した軍司に続いて、秀吉とマサと米崎も同じように財布から現金を取り出し、花澤に差し出した。
その様子を見て、黒澤は心底呆れた。
「…また賭けてたんスか」
だから全員揃っていたのか。
確かに九里虎がやつれたぐらいで鈴蘭の幹部5人が勢揃いするのは大袈裟だし、第一この5人は九里虎が20kgや30kg痩せこけた所で心配するような柄ではない。
「絶対にクロサーが関係してると思ったんだけどなー」
「空気読めよ、黒澤」
随分と勝手な事を言うマサと秀吉を尻目に、この中で一番の常識人である米崎に向き直る。
「アイツ、そんなに変なんスか?」
九里虎がやつれてる。顔色が悪い。今にも死にそうだ。
散々聞いてきたが、黒澤本人は夏休みに入ってから一度も九里虎に会っていないし見てもいない。
別に避けているわけではない。
九里虎のマンションに度々足をのばしているが、たまたま居合わせない。それだけだ。
その間に九里虎の身に起きた事を自分のせいにされては困る。というか、会っていたとしても自分のせいにされては困る。
自分はあの男の監視役ではないし保護者でもない。
じゃぁ、何なんだ? と聞かれても返答に困るが。
「んーまぁ、変だな。確かに。百聞は一見に如かずだ。ちょっと探してみるか」
携帯を取り出し、米崎は何処かに電話をかけ始めた。
「お前等も手伝え」と言われて軍司も電話をかけ、秀吉の方は代わりにマサが電話をかけ始めた。
それぞれ後輩や、属する一派の誰かに電話をかけ終えて15分ほど経った頃、米崎の携帯が鳴った。
「見つけた。10分前に駅前にいたってよ」
住んでいる場所さえ謎で、探し出すのが難しい事で有名な九里虎が見つかるというのは随分と珍しい事だが、とりあえず、そのやつれ具合を見に行こうと彼らは腰を上げた。
…はずだった。
「じゃ、後は宜しくな。黒澤」
「は?」
黒澤よりも先にさっさと席を立ち始める米崎、秀吉、軍司。
「俺、バイトだからよ」
「俺も」
「俺もだ」
「え」
残るは、メロンソーダをちゅるちゅると飲んでいるマサと、賭けに勝ったので追加オーダーしたパフェをもりもりと食べる花澤。
「宜しく…って」
ちなみに、鈴蘭のゴールデン・バカとは彼等二人の事である。
「食った食った! さーて、行くぞ!」
「クロサー! 置いてくぞー!!」
宜しくって、そりゃねーよ。
九里虎の事ではなく、花澤とマサの面倒を押しつけられた黒澤。
おもいっきりハズレくじを引いた気分でげんなりしていると、楽しそうにはしゃいでいるマサと花澤が急かすので渋々、後を付いて行く事にした。
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