Wandering at Midnight 02
スクラップ置き場には、召集もかけていないのに珍しく武装メンバーが揃っていた。
自分達が到着するのを待っていた様子の彼等を見て、柳は不思議に思ったが、好誠は嬉しそうに彼等の輪の中に入って行く。
「何かあったのか?」
バイクを停めて柳も彼等に近寄ると、突然何かを放り投げられたので、それを片手で掴む。今の季節、わりとよく見掛ける紫の…
「…薩摩芋?」
何故……?
「玄場んトコの田舎の祖母ちゃんが大量に送って来たんだとよ」
芋を放り投げた張本人である源次が指差す先には、ダンボールに詰まったサツマイモを何やら楽しそうに弄っている好誠がいた。
「バイト先にも持って行ったんだが、それでも残っちまってな」
玄場が肩を竦めてみせる。
近付いてダンボールの中を覗いて見ると、確かに一人ではとても食べきれそうにない量だった。
「とりあえずココに持って来りゃ捌けるだろうと思ってよ」
「まぁ、捌けるだろうが…その為にお前等わざわざ集まったのか?」
「いや、それは」
「俺が呼んだんだよ」
玄場の言葉を遮って好誠が振り向く。
「ほら、サツマイモっつったら焼き芋だろ? 最近落葉も多くなったし、どうせなら一緒に燃やしてやろうかと思ってよ」
「ここでか?」
「そう。ここで」
……頭。族が皆で焼き芋パーティーですか。
皆、好誠を見て複雑そうな顔をしている所を見ると、どうやらこいつ等も何も聞かされないままここに集まったらしい。
玄場に至っては「俺が好誠に話したばかりに…」と額に手を当てており、源次が宥めるように肩を叩いている。
流石に全員が微妙な表情を浮かべているのに気付き、好誠は首を傾げた。
「なんだよ、お前等。嫌なのか?」
「別に嫌じゃねぇけどよ」
「じゃぁ、いいだろ? 俺、食った事ねぇんだよ、焼き芋」
子供のようなあどけない笑顔を浮かべる好誠を見ると、どうも「まぁ、好誠がやりたいのなら別にいいか」と思えてくるのだから困る。
とりあえず落葉を一箇所に集める為にそれぞれ散って行き、柳はふと隣にいる好誠を見た。
これから薩摩芋を焼くというのに、柳がコンビニで買って来たホットドッグをもしゃもしゃと頬張っている。口端にケチャップを付けているのが可愛いと思ったが、武装の頭がいつまでもそうしているとまずいので、指差して教えてやった。
「そういや、食った事ないって本当か?」
「あ?」
「焼き芋」
「あぁ、ねぇな」
「一度も?」
「一度も」
「保育園だったり小学校だったり、何かあるだろ。そういうイベント」
「俺はガキの頃から嫌われモンだったからな。そういう行事にはほとんど参加してねぇんだよ」
まぁ、中学の頃は授業もほとんど真面目に出た覚えがねぇけどな。
笑いながら好誠は平然と言ってのける。
それは大多数の人間の経歴と比べると『普通』ではなかったが、その名前が禁句とされる程に恐れられる男・武田好誠の過去ならば何故か納得出来るような気がした。
「逆に聞くけどよ、なんでお前は詳しいんだ?」
「何が」
「ソレ」
ビニール袋に食べ終わったホットドッグの包み紙を入れながら、好誠が顎をしゃくって示す先は、柳の手元。
ドラム缶の上に芋を並べて、水で濡らした新聞紙で一つずつ包んでいる最中だ。
「おーい、アルミホイル買って来たぞー」
「おぉ。わりぃな」
そこに、柳に指示されてコンビニに行っていた川地が帰って来て、柳にビニール袋を手渡した。袋の中からキッチンでよく見かけるアルミホイルを取り出すのを見て、好誠は首を傾げる。
「アルミホイル?」
「あぁ。濡らした新聞紙で包んで、その上をアルミホイルで包む。常識だろ?」
「お前、知ってたか? 川地」
「いやー、焚き火で焼き芋なんて、ガキの頃にやったっきりだからよ。濡れた新聞紙ってのは覚えてねぇわ」
首を傾げる二人と手元の薩摩芋を見て、柳は顎に手を当てて考える。
「そうか…毎年やってたからな。一般常識だと思ってた」
「え、家でか?!」
何故か川地と好誠は同時に、庭で焚き火をしながら同時に焼き芋を作っている某猫型ロボットと某少年を思い浮かべた。
まさか目の前の男が、そんなほのぼのとしたイベントを毎年行っていたとは…予想外だ。
そんな事をまた二人同時に考えていると、柳が「いや、」と首を振った。
「家っつーか…まぁ、家でもあるけどよ。施設にいた頃にな。この季節になるとチビ共が騒ぐんだよ。焼き芋しよう焼き芋しようって」
「施設?」
「あぁ。児童養護施設。言ってなかったか?」
川地はとにかく、好誠も首を傾げている所を見ると、どうやら自分は頭の好誠にさえも話していなかったらしい。
聞かれた事がなかったので言わなかっただけだと思うが、まずかっただろうか…と思っていたら、好誠が何やら納得したように頷き始めた。
「なるほどな。お前の世話好きってそういう所からきてんのか」
「は?」
好誠の発言を聞いて、川地もポンと手を打つ。
「そうかそうか! どうりでお前、小回りが利くっつーか、保護者っぽい所があるのはその所為か!」
「保護者って…俺が施設にいたのは小学生の頃までだぞ?」
「でも、ガキの面倒みてたんだろ?」
「そりゃ確かに俺は古株だったからな」
「ほら、やっぱりな。謎が一つだけ解けたぜ。あー、スッキリした!」
晴れやかな笑みを浮かべて伸びをしながら、川地は他のメンバーがいる場所へ歩いて行ってしまった。
謎って何だ? と柳が首を傾げていると、そんな自分を見て好誠が笑みを浮かべているのに気付く。
「なんだよ?」
「いや、楽しそうだな、って思ってよ」
「何が?」
「施設。ガキの面倒見ながら、今みたいに焼き芋の準備してるお前が目に浮かぶっていうかな」
なんだか楽しそうだ、と好誠は笑う。
考えてみれば、自分と好誠の境遇は似ているようで全く違っていた。
幼い頃に父親を亡くしている事も関係するのか、子供らしい思い出をほとんど持ち合わせていない好誠と、血の繋がりは無くてもたくさんの姉弟達と四季折々の行事を経験している自分。
時々、好誠が突拍子も無い事を言い出すのは、幼い頃に誰かに構って貰った経験が無いからか。
自分が、つい必要以上に好誠の世話を焼いてしまうのは、時々垣間見える彼の子供っぽさを施設の姉弟達と重ね合わせてしまうからか。
「…じゃぁ、来年もやるか?」
「は?」
「焚き火…っつーか、焼き芋」
「いいのか? 族が焼き芋なんてよ」
「……お前、さっき俺等が考えてる事わかってて『焼き芋やりたい』なんて言ったんだろ」
「なんとなくな」
ヘヘッと悪戯がバレた子供のように笑う好誠を見て、小さな溜め息を吐くと、芋を新聞で包む作業を再開しながら柳は続けた。
「いいんじゃねーのか。落葉が多いのは事実だし、焚き火のついでに芋焼いたって構わねーだろ。ここは俺等の溜まり場で有名だから、余所モンも通り掛らねーしよ」
それに、頭のお前が『やりたい』って言ったんだ。誰も止めやしねぇよ。
そう言うと、好誠は嬉しそうに微笑み、
「さっすが、副頭!」
バッチーン!!と柳の背中をブッ叩いた。
予想も身構えもしていなかった柳は、腹をドラム缶の端に思いっきりぶつけて、あまりの痛さにそのまま数秒声を失った。わなわなと体を震わせて振り返る。
「好誠!!」
だが背後に好誠は居らず、既に数メートル先を笑いながら走って行った。
柳は小さく溜め息を吐いた。
「……あんの野郎。ガキみたいな顔しやがって…」
そういう子供っぽい所が気になってしまうだけ。
……それだけだったら良かったのに。
焚き火と焼き芋の後は雑談して過ごし、好誠の風邪が酷くならない為にも早めに解散する事にした。
行きと同様、帰りも柳のバイクの後ろに乗っていた好誠は、バイクの音とは違う別の何かに気付いた。
それは柳のケータイの着信音で、自宅の門前でバイクから降りた際に聞いてみると「五月蝿かったか、悪いな」と柳は謝った。
「それより、ずっと鳴ってねぇか?」
「今日は、な」
好誠は首を傾げたが、その着信相手が誰なのか、柳には確認せずとも分かっていた。
スクラップ置き場を出る際に一度だけ履歴を見たが、メールも着信の回数もゾッとする量だった。
会う時は此方から連絡するから、絶対にメールも電話もしてくるなと言ってあったのに。
顔に出ていなかったはずだが、それでも好誠は何かを感じ取ったらしい。
「お前が気にする事じゃねーよ。それより手洗いと嗽、忘れるなよ?」
昼に飲んだ薬の残りを好誠に手渡し、再びバイクを走らせた。
向かった先は自分のマンション。
真っ先に寝室に向かって、倒れるようにベッドに寝転がった。
ケータイはまだ鳴り続いている。
電源を切ろうと思ったが、緊急の連絡が入る場合を考えるとそれも出来ないので、クッションの上に放り投げて、そのまま少しだけ寝る事にした。
次に目を覚ました時、窓を見やったが外はまだ暗かった。
頭がすっきりしていたので、随分と長い間寝ていたような気がしたが、実際はそれほど眠ってはいなかった。
昨夜はあまり眠れなかったのだ。いや、昨夜に限った事ではない。
元々他人の部屋というものが苦手なのだ。特に女の部屋は居心地が悪くて、吐き気さえする。
それでも時々、女の部屋に転がり込む自分。
何故?
温もりが欲しい。温めて欲しい。ただ、それだけ。
抱いた後は、いつもトイレで胃の中のものをぶちまけるというのに。
ベッドから降りて、リビングに向かう。
ソファの上に転がったケータイ。
着信音は奏でていない。
もう寝たのかもしれない……どうでもいい。
着信履歴の一番上の番号にリダイヤルする。
相手は1コールで出た。
『臣次?! ごめんなさい!! 言い過ぎちゃっただけなの、私、あんな事思ってないの…お願い、許して! お願い!』
『お願い』『許して』『ごめんなさい』
その3つの言葉を、付き合い始めてから何度言われただろうか。
「……別に怒っちゃいねーよ」
願う必要はない。
許しを乞う必要もない。
謝る必要なんて何一つ無い。
彼女は何も悪くなかった。
街で突然告白された。
一ヶ月前の事だった。
どうでも良かった。
ただタイミングが合っただけ。
アイツを想って時々暴走しそうになる…溢れそうになる激情の捌け口が欲しかった。ただ、それだけだった。
「……ごめん」
『イヤ…謝らないでよ……だって、私…』
「別れよう…」
時計を見上げれば、深夜1時。
今日もココロが、カラダが、悲鳴を上げる。
寒い。
誰か。
違う。
誰でもよくない。
『じゃぁ、こうするか?』
あの温もりが恋しい―――。
-end-
■ あとがき という言い訳 ■
好誠世代が高校1年の時代。
九頭神竜男にボコられた後のお話である可能性が高いです(可能性って…)
2010/2/15
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