「もうすぐ誕生日じゃないか?」

 キーボードを叩く音だけが響くタークス本部の静寂を打ち破ったのは、向かいの席で入力作業を進めている寡黙な相棒の方だった。

「あん?」
「誕生日だ」
「誰の?」
「お前だ」

 ディスプレイから視線を外して、書類やファイルによってデスクの端に追いやられたカレンダーに目を留める。

「そういえば…」
「いつだった?」
「明日」

 残り、1時間。

「そうか。残念だったな」
「何がだ、と」

 ルードの指差す先は、俺の後ろの席。
 普段そこには、俺に少し似た赤茶色髪の小うるさいガキがいる。
 長期任務に出ているおかげで、ここしばらく静かだった。

「間に合わない」
「アイツが覚えてるわけねぇだろ、と」

 俺自身忘れていたくらいだから。
 自嘲気味に笑って、PCの電源を落とす。

 残り、58分。

「帰るのか」
「今帰らねぇと日付が変わっちまう」

 ついさっきまで誕生日なんて存在を忘れていたのだから、誰かと約束があるとか、そういう理由は無いけれど。
 仕事しながら『ハッピーバースデー、俺』ってか。どこがハッピーなんだか。
 そんな誕生日の向かえ方は気分が悪い。
 お先、と相棒に一言残してタークス本部を出た。




 らしくないオレとオマエ





 眠らない街ミッドガル。それは、分厚いプレートの上の部分だけの話。
 しけたスラムと違って今から飲みに繰り出しても、けっして遅くは無いこの時間帯。
 しかし、華やかな街へと足が向かなかったのは、残業後の軽い疲労と微かな虚無感がそうさせたのかもしれない。

 レノ様ともあろう者が誕生日目前にして、特に約束も無く一人ぼっちときたものだ。

 数年前までは、その時その時で付き合いのあった女と過ごしていた。
 その日の予定は数日前から埋まっていて、『誕生日おめでとう』お決まりな台詞と一緒に渡される貢物は『あなたに似合うと思って』と付け足されたアクセサリーやファッション小物。酒と食事の後はベッドに雪崩れ込んでセックスして終わり。それが大抵の誕生日の過ごし方。

 はて。

 それなのに、ここ2、3年の誕生日の記憶が無い。
 つまり、仕事を終えて家に帰って寝るという、普段と変わらない健全で不健全な1日を過ごしていたという事か。
 いつの間にか、俺の女にモテル全盛期は終了していたらしい。

 終電間近のメトロから降りて、コンビニで売れ残っていたハムサンドを齧りながら、マンションへと続く道を歩く。
 我ながら侘しい食事だ。
 このままだと明日の誕生日も同じようなコンビニ飯を一人で食って終わりそうだ。
 そうならない為にも、明日は誕生日を理由にして相棒に奢らせるとしよう。

 ふと携帯を見る。

 23時58分

 もうすぐマンションに着くというのに、こんな寒くて暗い所で誕生日がやってくる。

「……ハァ」

 無意識に溜息一つ。

 何故?

 何故こんなに虚しい気分になる。

 この歳にもなって、誰かに誕生日を祝って欲しいと思うほど自分は子供じゃないはずだ。
 それなのに、こんなしけた気分になるのは何故だろう。
 冷えた夜空の下、独りでこんな思いをするならキャバにでも行って呑んでた方が…。





 はらり。





 目の前。
 赤い何かが舞い落ちた。
 上を見上げると、鮮やかな朱。
 それはミッドガルでは珍しい『モミジ』という木。
 朱色に染まった葉が月の光を浴びて夜空を彩る。


 あ。

 思い出した。

 去年、このモミジをアイツに見せに行った覚えがある。
 コレルの魔晄炉の件以来、病室で何年も眠ったままのアイツに。

『モミジっていうんだとよ。このミッドガルじゃぁ、かなりレアな木らしいぜ』
『この時期になると、今まで緑だった葉が鮮やかな朱色に染まる』
『おまえ覚えとけよ、と。俺の誕生日、このモミジの葉が染まる頃だからな』

 聞こえる筈がない。
 見える筈が無い。
 そんなお前に話し掛けていた。



「お前のせいじゃねぇかよ、と」

 俺がモテなくなったのは。

 時間がある時は、お前が眠っている病室に足を向けた。
『大事な用がある』と、他のヤツからの誘いを断って。
 夜の街で遊ぶ事もほとんど無くなった。
 それが3年も続いたんだ。

「責任とれよな」

 ちゃんと教えてやったのに覚えてないんだろう。
 寝てたとか、聞いてねぇとか、そんな言い訳は聴かない。
 仕方ねぇから、もう一度だけ教えてやるよ。
 どうせ今も眠ってるだろうけど。
 この俺様がわざわざ電話してやるんだ。
 今度は起きろよ? クソガキ。

 00時00分。

 携帯の日付が変わった。

 ハッピーバースデー、俺。


 せいぜい眠たそうな声で出てくれよ。
 それこそ嫌がらせ含めて電話した甲斐があるというもの。

 発信ボタンを押そうとした、その時、ディスプレイの画面が変わった。






 『メール受信中』






 メール?

 発信ボタンを押すのを止めた。






 『送信者:






 お前から?
 ちまちまボタンを押すのが嫌いだとか言って、メール機能なんかほとんど使わないお前から?

 …らしくない。

 怪しく思いながら、そのメールを開く。






 『誕生日おめでとう』






 なんだ。



 なんなんだ、これ。



 
 画面を切り替えて、電話の発信ボタンを押す。

 期待してなかった。
 覚えているわけがないと思った。
 だから、夜中に無理矢理起こしてでも教えてやろうと思った。
 それなのに。
 なんだ、このメールは。




 RRRR…
 RRRR…




 おい。
 今、メール寄越したんだから起きてんだろ。
 さっさと出ろ。このヤロウ。




 RRRR…Pi




『お、起きてたのかよ?!』
「そりゃ、こっちの台詞だぞ、と」

 3コール目で出たお前の声は、少し焦っているようだった。

「お前、よく知ってたな」
「甞めんなよ。そのくらいずっと前から知ってた」

 あ、そう。
 それは意外だ。
 らしくねぇよ。お前にしては利口過ぎる。

「へぇ…こんな時間にどうした?」
『だ、だって…』
「ん?」

 少し時間をおいて、か細い声が聞こえた。



『……一番最初に、おめでとうって…伝えたかったから』







 なんだ、それ。







 顔が見えない、携帯越しの会話だからか?
 お前らしくない。
 そんな、しおらしい事を言うなんて。

『……レノ?』

 期待してなかったのに。
 そんな言葉は期待してなかったのに。
 お前がそんな事を言うから、

『……何とか言えよ…』
「…バカヤロウ」
『ぁあ?!』






「……会いたい」






 俺までらしくない事を言っちまうじゃねーか。

『…っ……』

 俺の言葉は大抵、嘘と冗談で飾られたもの。
 でも、これは俺の本音。
 今の本当の気持ち。

「会いたい…会って抱き締めたい」

 去年までは一緒だったじゃねぇか。
 お前は何も聞いてなかったし、見えてなかっただろうけど。
 それでも俺はお前と一緒に居たから、こんな気持ちにはならなかったんだ。

『…レノ…』

 お前のせいだ。
 期待してなかった言葉を送ってきた、今日に限って気の利き過ぎているお前のせい。
 こんな、みっともねぇ言葉を吐いてしまうのも、虚しいとか寂しいとか思ってしまうのも、全部お前のせいだ。

「はっ……なんて、冗談」

 こんな所で想いを馳せても、お前はここにはいない。
 これ以上、情けない自分を曝け出すのは御免だ。
 俺らしい道化の仮面を被るから。
 さっき零れ出た本音をどうか忘れて。
 いつもと同じ嘘と冗談で飾らせて。

「出張先はウータイだったよな。こんな時間に起きてるって事は、ひょっとして捕虜にでもなってんのか、と」
『え?…えーっと……そのぉ…』

 電話越しに口ごもる声。
 『ンなわけねーだろ、甞めんな!』って怒ったような声が返ってくると思ったのに。
 もしかして、図星か?

「おい」
『ちっ、違うっ! ンなドジするわけねーだろ、この俺が!』

 そう、それでいい。
 しみったれた会話は終わりにしよう。
 俺の誕生日なんて覚えていた、しおらしいお前と、やけにセンチメンタルになっちまってる、この俺と。
 らしくねぇんだよ、今日の俺達。
 これ以上らしくない事する前に、馬鹿な冗談とばして終わらせようぜ。

『…………る』
「あん?」
『今………に……』
「おい。電波が悪いみてぇだけど」






『今……ミッドガルにいる……』






 まさか。






 身体が勝手に動き出す。
 冗談だ、とその言葉を疑う事はしなかった。
 ミッドガルと言っても広い。
 その場所に居るとは限らないんだ。
 どうせ期待はしていない。



 期待してない?



 嘘だ。



 期待してる。



 今日に限って、気の利き過ぎてるお前。
 どうせなら、そこにいてくれ。
 そこで俺の帰りを待っていてくれ。



 走って、角を曲がって、ようやく見えてきたマンションの前。
 見慣れたバイクと、見慣れてるはずのお前が立っていた。

 走って現れた俺を見て、信じられないようなものを見るような顔をして。

「レ」

 俺の名前を言い終える前に、その身体を抱き締めた。

「ノ……」



 バカヤロウ。



 期待してなかったんだよ。
 お前からのメールなんて。
 お前がここにいるなんて。
 クソムカつくんだよ。
 俺をこんなに乱しやがって。
 こんなにみっともない男にしやがって。

「レノ…」
「…ん?」
「誕生日、おめでとう」
「…ありがとさん」

 強く強く。
 息が出来なくなるほど抱き締めた。

「……いつから?」
「…え?」
「いつからここにいた?」
「……なんで?」

 抱き締めたその身体は、ずいぶんと冷たかった。

「1時間ぐらい前、かな……」
「なんで部屋にいねぇんだよ」
「…レノ、寝てるかと思ったし……それに…」
「…何?」

 電話で話した時のように、また口ごもる。

「俺…プレゼント用意してない……」

 笑えた。
 だって、そんな事。

「会いたくなって急いで来たけど…でも何も用意してないし。このまま会うのはカッコ悪いから…メールしたら帰ろうと思った」
「バカだな、お前」

 俺の誕生日を覚えていたお前。
 俺が会いたい時に会いに来ていたお前。
 都合が良すぎる。気が利き過ぎてる。
 今日のお前は本当に、らしくない。

 そんなお前に、教えてやるよ。
 たった一度しか言わねぇから、覚えてろよ。






「お前が俺の腕の中にいりゃぁ、それでいいんだよ、と」






 それこそ最高のプレゼントだから。






 らしくないお前に、らしくない俺の本音を。



-end-




■ あとがき と言う名の言い訳 ■
またムダに長い文章作ったよ、このヒトは。
レノ誕生日企画に送ったお話です。
そちらの企画でのレノの誕生日は11/20だったのですが…。
はい、そこのBCプレイヤーさん! BC本編の日付とか確認しないっ!
……18章でロッドが起きたのは10月じゃね? とか。
起きて1・2ヶ月の話にしては、ちょっとおかしくね? とか。
じゃぁ、仮にその1年後だとしたら、11/20って、とっくにメテオが降ってきてんじゃね? とか。
気づいちゃダメだ! 考えちゃダメだ! orz



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