嫌いだ。
 嫌い。
 雨なんて大嫌いだ。




rainy day






 窓を叩きつけるような雨の音で、目が覚めた。
 外は重苦しい雲が広がって、ずいぶんと暗い。
 こっちは、残業で疲れてんだぞ。
 貴重な睡眠時間が台無しだ。
 無理やり毛布を被って、再び眠りにつく。
 次に目を覚ましたのは、携帯の着信音のせい。

。なかなか電話に出ないから心配したぞ。今どこにいる?』
「は? 自宅ですが…?」
『今直ぐ時計を見ろ。ただちに出勤するように』

 ツォンさん、何をピリピリしてんだか。
 目を擦って部屋の掛時計を見上げると、本来ならば既に本部にいる時間。

「ぅげっ!」

 ベッドサイドの目覚まし時計を見ると、そいつは真夜中に時を刻むのを止めたらしい。
 さっき一度起きた時に、部屋の時計を見れば良かった。
 外が晴れていれば、時計を見ずとも、おおよその時間はわかったのに。
 くそっ。ツイてねぇ。



 慌てて着替えて、武器を持って、玄関を飛び出す。
 愛車が雨で汚れるのは嫌だけど、時間が無ぇからな。
 外は思った以上の豪雨で、視界は最悪。
 降ってなけりゃ、もっとスピード出せるというのに。
 カーブに差し掛かった所で、急に何かが飛び出してきた。
 とっさに避けて、単車もろとも豪快に横転する。
 衝撃に任せて転がった俺の身体は、電柱にぶつかって止まった。
 咽た後、荒い呼吸を整えていると、猫が視界に入った。
 なんだ…猫かよ。
 ケガは無いようで、とっとと猫は走って去って行った。
 俺の方も、うまく受け身がとれていたようで、軽い打ち身と擦り傷くらいだ。
 無事じゃないのは、俺の愛車。
 爆発炎上とまではいってねぇけど…ひん曲がってベコボコで…あぁ、なんと悲惨な姿。
 ツォンさんの怒りが頂点に達さないよう祈りながら、バイクを引き摺って本社ビルまで行く事に。
 雨さえ降ってなけりゃ、猫くらいうまく避けられたのに。
 くそっ。マジにツイてねぇ。


 唯一の救いといったら、会社のロッカーに制服を置いていたって事くらい。
 どうせ遅刻な訳だし。本部に行く前に、開き直ってシャワールームへ。
 シャワールームにランドリーがあるのは便利だ。
 雨と泥でボロボロな私服を突っ込んで、スイッチオン。
 ………。
 ………?
 何で動かねぇかな、このヤロウ。
 何度スイッチを押しても動かない。
 ムカついて蹴りを数発入れたら動き出した。
 なめてんのか、ふざけやがって。
 イライラしながら、シャワーブースへ入る。
 擦り傷程度で、わざわざケアルをかけるのもMPが勿体無ぇから、傷はそのまま。
 覚悟してたけど、シャワーの温水が全身の傷口に沁みて痛い。
 全部、雨のせいだっ。



 本部に入った途端、ツォンさんの雷が落ちた。
 任務終了後に整理しろと、書類を山のように渡され。
 俺を待っていたニチョと任務地へ出発。
 しつこいぐらいに現れるモンスター共の相手をして、殲滅完了したのは日暮れ時。
 日暮れ時と言っても、朝から大雨は降り続けて、日なんか少しも照ってなかったけど。
 ニチョも俺も、雨のせいでグシャグシャに濡れて。
 またシャワー浴びれば良いか…と思って、本社ビルに戻ろうとする。
 すると、本社ビル直前にして、目の前を横切って行った大型トラックの撥ね水が直撃。
 そりゃ、とっくに全身濡れてるけど。
 頭から泥水をぶっ掛けられて、キレた俺。
 トラックに向かってサンダーでも喰らわせてやろとしたけど、自分は泥水を免れたニチョに止められる。
 クソっ。雨のバカヤロウ。



 コイン入れても、ランドリーは直ぐに動き出さないし。
 シャワー中は、今朝負った擦り傷が沁みて痛いし。
 自分のデスクには、書類が山のようにあるし。

「俺も手伝おう」
「え、マジ?! サンキュー!」

 喜んだのも束の間。ニチョの携帯が鳴る。
 着信は、今日は帰路についた筈のツォンさんから。

。すまない。急の任務が入った。やはり手伝えそうにない」
「……いや、別に」

 もう一度武器を手にして、本部を出て行くニチョ。
 一人ぼっちの本部。目の前には書類の山。
 くそっ。
 何なんだよ…。
 雨なんか降るからだ。



 一人で地道に書類を片し始めてどれくらい経っただろう。
 溜息ばかり出る。
 ようやく書類が半分ほどになった頃、本部の出入口からドアの開く音が聞こえた。

「お、君。居残りですか、と」

 入って来たのはレノ。
 今日はルードとは別行動らしい。任務を終えたばかりだろう。

「あらまぁ。すげぇ書類の量」
「……おぉ」

 俺のデスクを見て、驚いた素振り。
 これでも半分になったんだぞ。

「こりゃ、一人で片すのは大変だな」

 っ…もしかしてっ……。

「手伝ってくれるとか?!」
「ンなわけねーだろ」

 間髪いれずに発せられた否定の言葉。
 ……ハイ。期待した俺がバカでした。

「レノ様はこれからデートだしな、と」
「……あ、そ」

 だから、ご機嫌な訳な。
 わかったから、とっとと帰ってくれよ。
 もう諦めて、自分一人で書類片すから。

「しかし…せっかく高いホテルで眺望付の部屋取ってても、こう雨じゃぁなぁ…」

 ケッ。
 ざまぁみろ。
 下半身ばかりに脳ミソ詰まってるからだ。

「今年の花火大会は中止だな」

 そぉそぉ。中止だし……って

「忘れてたっ!!」
「うぉっ?! どうした、いきなりっ」

 そうだよ…今日、花火大会なんだよ。
 年に一度、ミッドガルで行われる花火大会。
 ゴールドソーサーで打ち上げられてる花火より、もっと規模がデカくて。
 夜空一面、満開に咲く炎の花々。
 社内新聞でそれ知って。
 俺、すっげぇ楽しみだったのに……。
 先週、雨で延期になって…でも、今日もこんな天気で……。

「…今日ダメだったら、繰り下げ、もう無いじゃんよぉ……」

 あぁ、なんだよ。
 やっぱりツイてねぇ。
 雨のせいだ。
 雨なんか降るせいだ。
 雨のせいで、今日一日が台無しだ。
 だから嫌いなんだ、雨なんて。

「なに…お前、花火そんな楽しみにしてたのかよ」

 ちょうど、レノの携帯が鳴る。

「お。もう、こんな時間か…」

 発信先を確認して携帯に出る。
 たぶん、今晩約束している女からだろ。
 そのまま話しながら、レノは本部を出て行ってしまった。
 そして、また一人残される。

「……もうヤダ…」

 仕事のやる気も失って、項垂れる。
 最悪だ。
 今日に限って、どうして雨なんか降ってるんだ。
 明日でもいいじゃねぇか。
 虚しくて涙が出てきた。
 雨さえ降ってなければ、遅刻しなくて済んだんだ。
 事故って、単車壊す事さえ無かった。
 全身に擦り傷なんてできなかったし、服も汚さずに済んだ。
 書類をめいっぱい渡されずに済んだ。
 頭から泥水かぶる事は無かった。
 花火が中止になる事も無かった。
 そして、最後は一人ぼっちだ。
 全部、雨のせいだ。
 嫌いだ。
 雨なんか、大嫌いだ。



 呼ばれる俺の名前。
 声が聞こえた出入口を振り返ると、レノがいた。
 なんでいるんだ?
 さっき携帯鳴って、出て行ったじゃん。

「……帰ったんじゃねぇのかよ」
「帰ってねぇよ。それよか、お前。花火したことあるか?」

 それは意外な質問で。

「は?」

 間抜けな声を出してしまった。

「手に持ってやるヤツ。個人でやる花火だぞ、と」
「……無い。爆竹なら、ジュノンに居た頃に使った事あるけど」

 そう答えると、レノはニヤリと笑った。

「よし。これから訓練場でやるぞ、と」
「はぁ?!」

 何言ってだよ、こいつ。

「あそこなら、火災報知ついてないからな。なんせ魔法の訓練もできるわけだし」
「アンタ、これからデートだろ?」
「あぁ。花火見れねぇから断った」
「なんだそれっ。高いホテルの予約とってたんだろ?」
「キャンセル料ケチるほど、レノ様は小さい男じゃないぞ、と」
「だって…彼女と、前から約束してたんじゃねぇのかよ?」
「確かに前から約束してたけど、それ以前に彼女じゃねーよ。ただのオトモダチ」

 そりゃ、アンタが誰と、どう付き合おうが勝手だけど。

「…俺、書類まだこんなにあるし」
「気晴らしに花火ってのも、いいんじゃねーの?」
「…花火なんてどこにあるんだよ」
「コンビニでも売ってるぞ、と」
「外出なきゃならねぇじゃん」
「ココから歩いて1分の所にあるじゃねーかよ、と」
「……でも」
「でも、もクソもねぇよ。お前、花火見たかったんだろ、と」

 そうだけど。

「花火大会ほど、立派なモンは見せられねぇけど」

 わかってる。

「花火、やったことねーんだろ?」

 ねぇよ。
 近くで見た事も、やった事も無い。

「…わざわざ…こんな雨の中、買いに行くのかよ」

 地面に叩き付けられるような豪雨。
 傘さしてても意味を成さないほどだ。
 そんな中を、わざわざ花火買いに行くって?
 見た目を気にする、カッコつけたがりのアンタが?

「雨くらいどうした」

 笑みを浮かべるレノ。

「一緒に濡れてやるから、さっさと来い」

 強引な誘い。
 偉そうな態度。
 でも、瞳はどこか優しげで
 朝から重苦しかった、俺の頭の中がふいに軽くなる。
 迷いも戸惑いは既に無く、本部を出て行くレノを追いかけた。



 その後、二人してビシャビシャに濡れながら、コンビニに置いてある花火を全部買い占めた。
 訓練場のライトを消して、花火に火をつける。
 それはレノと俺、二人だけの花火だったけど。
 初めての花火は、最高に楽しかった。
 雨は嫌いだ。
 たぶん、それは変わらない。。
 良くない事ばかり起こる。
 でも雨が降らなければ、あの日、レノと花火をする事も無かったわけで…。


 ……うん。
 たまには雨も悪くない――。





-end-




■ あとがき と言う名の言い訳■
レノロドじゃなく、レノ&ロッドって感じです。
お互い好きだって意識してるわけじゃない
例え二人が付き合っているわけでも、ラブラブでなくても、どんな関係であろうとも、
ロッドちゃんの心の支えになるのは、レノであって欲しいし、
レノさんの心の支えになるのは、ロッドちゃんであって欲しいです。
ま、そんな感じでラブくない、レノロド。
今回のお話は、レノに『一緒に濡れてやるから〜』という台詞を言わせたいが一心で仕上げました(笑)



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