ズンズンズンズン


何やら大股で通路のド真ん中を歩く青年が一人。


ズンズンズンズンズン


場所は神羅ビル?階の通路。


ズンズンズンズンズンズン…ぴたっ


何かを見つけたのか、突然立ち止った彼。
その目の先には一人の男。炎のような赤い髪。


「レノ!」
「ん。よぉ、


声をかけられて赤毛の男、レノは振り向き片手を挙げた。


「よかった。探してたんだ!」
「おー、そっかそっか。そんなにレノ様に会いたかったか、と」
「おぉ! 会いたかった!」
「………」


冗談に対する意外な反応に、ずる、とレノの肩が落ちる。
いつもなら「頭湧いてんじゃねーよ」と非常に可愛くない台詞を吐く彼が、今日はまた随分と素直。

何か変なモン食ったか?

怪訝そうな目で彼をもう一度よく見ると、レノの視線は彼の右手に持っているものを捉えて止まった。


「…なんでンなもん持ってんだ?」


レノがそう訊ねると、何やらウンウンと頷きながら彼はレノの肩をポンと叩く。


「そう、そうなんだよ…レノ。オレ、気付いちまったんだよ。今までそんなに意識した事なかったんだけどさ…驚かないで聞いてくれるか?」
「お、おぉ…」


ちょっと嫌な予感がする…と思ったレノの足は、気圧されるように一歩下がった。


「オレさ……」


真っ直ぐレノの目を見つめながら彼は言った。


「オレ…ケチャラーなのかもしれない」


彼の名は
総務部調査課期待のルーキー(自称)。
青い瞳と赤茶の髪。


「…………………は?」


右手に持つのは真っ赤なトマトケチャップ。





オレはケチャラー。





『ケチャラー』
ケチャップを好物とする人を指す。
ケチャップを大量にかけて食べたり、あらゆる食品にケチャップを使用する人に対して用いられる。





「さっき社食で飯食ってたらさ、テレビでやってたんだよ。マヨラーのケチャップバージョンをケチャラーって言うんだってさ。レノ、知ってたか?」
「いや、それよりオマエ、そのケチャップどこから持ってきたんだ、と」

は何やら興奮した様子で話しているが、話の内容よりもその右手のケチャップが気になる。
タークス本部があるこのフロアで片手に握っているのがロッドや拳銃なら正常だが、トマトケチャップははっきり言って異常だ。


「あ、これな! 昨日給料日だっただろ? だから今日は奮発してAランチからCランチにしたんだよっ!」
「奮発も何も200ギルの差だろ、それ」
「何言ってんだ! 200ギル舐めんじゃねーよっ! うまい棒何本買えると思ってんだ!」
「あー…20本くらいか、と?」
「大人買い価格だと22本買えるんだ!」
「…あ、そ」
「うまい棒22本だぜ? 想像してみろ、ウハウハだろ?!」


あぁ、オマエはな。

…という言葉は呑み込んで、「で、Cランチがどうしたんだよ」と話を元に戻す。
その年でうまい棒を大人買いしてるのか、と少々呆れたが、これ以上うまい棒談義をしても本題のトマトケチャップから遠ざかるだけだ。


「そうそう。でもな、ウチの社食のCランチに付いてくるハンバーグって何も上にかかってねーじゃん?」
「へー」
「だから塩コショウで満足出来ない奴は、備え付けのソースか醤油をかけるしかねーんだよ」
「あー」
「そんなのおかしいだろ?! ソースも醤油も社食に『ご自由に』ってスタンバイされてるってのに、どうしてケチャップはスタンバイされてねーんだ!!」
「……オマエ、まさかそのケチャップ」
「だから本部の冷蔵庫に入れておいたんだよ、オレ用ケチャップ」


確かによくよく見ると、そのケチャップには黒いマジックで『』と名前が書かれていた。


「……オマエ、それ持って本部と社食を行き来するの恥ずかしくねーのか、と?」
「バカ言ってんじゃねーよ!!」


普段メチャクチャやってるアンタに『恥ずかしくねーのか?』なんて言われたくねーよ!

…と憤慨するわけでもなく、は両手でトマトケチャップを大事そうに握り、


「ハンバーグにはデミソースでもなく、おろしポン酢でもなく、ケチャップだろ?!」


力説した。

まさか、これほどまでにケチャップに思い入れがあろうとは。
と恋人という関係になって決して短いわけでもないが、ここまでケチャップで熱くなれる男だとは知らなかった。

…まぁ、知っていたとしても、がケチャラーだろうがマヨラーだろうが、レノにとってはどうでもいい事なので、この関係にヒビが入るわけではない。
それほど薄っぺらい関係ではないのだ。


「あー…そうだな。うん。いいんじゃねぇか? ケチャラーでもよ、と」


受け止め、そして流す。

イヤン、レノ様ったら大人♪
とか思いながら笑顔での肩をポンポンと叩き、その場を去ろうとしたのだが、


「ちょっと待て! まだ終わってねーんだ、聞いてくれ!!」


ガシッと両肩を掴まれる。
だが、そこで立ち止るレノではない。
がケチャラーなのは構わない。だが、巻き込まないでほしい。
今ここで立ち止まれば、またどうでもいい話を永遠と聞かされる、そんな気がするのだ。
そのままズルズルとを引き摺りながら歩き出すレノ。


「おいおい。愛するレノ様に話を聞いて欲しいってのは分かるけどな、オレ様だって仕事があるんだぞ、と!」
「嘘つけ! アンタ、昼からオフだって昨夜言ってたじゃねーかっ!!」


あー…そういえば。
ついさっき、取締役の護衛任務から解放されて報告を終えたばかりでした。


「ケバいオバサン役員のセクハラからやっと解放されるって、昨日浮かれてたじゃねーかっ!」


そうでした、浮かれてました。


「ウハウハだったじゃねーかーっ!!!」


そうでした、う、ウハウハでしたーっ!!

だらだらと汗を流しながら、それでも振り返らない。立ち止まらない。
だが、レノを引き止めようと全体重を掛けてくる健康な18歳の男を引き摺って歩くには、レノの体は細過ぎる。
15メートルの距離を10分かけてを引き摺り歩いたところで、レノは諦めた。
粘り勝ちしたはフロアのフリースペースにレノを引っ張っていき、椅子に座ると、卵料理にも揚げ物にもケチャップならなんでもイケる…と、いかにケチャップが好きなのかを語り始めた。
正直、レノにとってはどうでもいい話だったのだが何故か逃げられなかった。ケチャップを熱く語るは、逃げられない何かを放っていたのだ。

そもそも、が自らをケチャラーと認識するほど、なんでもかんでもケチャップをぶっかけるという行為をしていないようにレノには思える。
先ほども思った事だが、レノはと恋人という関係になって日が浅いわけではないし、そもそも週の大半はの部屋で厄介になっているのだ。の生活パターンは知っているし、味の好みも知っている。レノが記憶しているの食生活でケチャップの出番はケチャラーを名乗るほど高くはない。


「ケチャップが好きだっつーのはわかるけどよ、ケチャラーっつーのは勘違いじゃねーのか、と」
「えー、そうか? こんなにケチャップが好きなのに?」
「だってオマエんとこの冷蔵庫にケチャップなんて1本しか見た事ねぇぞ?」
「当たり前だろ? それ」
「ケチャラーだったら、常に新鮮なケチャップを数本冷蔵庫にスタンバイさせておくべきなんじゃねーの?」


そう言うと、はなんとも悲しげに目を伏せ、首を振った。


「レノ…。それはセレブのする事だ」
「………は?」
「ケチャップにも賞味期限がある。封を切ってないのは常温で保管しておけるけどな、封を切ったのは冷蔵庫に入れないといけない」
「あぁ、まぁな」
「うちの冷蔵庫は一人用なんだ。ただでさえ狭いって言うのに、常温で保管できるものを冷蔵庫にスタンバイさせるのか? 俺にはそんなセレブリティ溢れる事は出来ない…」
「………」


冷蔵庫買えよ、って言葉はとりあえず呑み込んだ。
仕事から帰ってビールを飲もうと冷蔵庫を開けたら、中がケチャップで埋め尽くされているのが容易に想像出来たからだ。


「でもな、憧れはあるんだぜ? ケチャップって言っても色々あるだろ? 近所のスーパーで売ってるのは全部試したけど、ちょっと高い店には色んな種類のケチャップがあってさ。ミッドガルに存在する全てのケチャップを俺の冷蔵庫にスタンバイさせて、今日はどれにしようかな〜♪なんて言っちゃったりしてさ」


ほら、やっぱり冷蔵庫を赤で埋め尽くす気だ。


「卵ご飯にはコレ♪ オムレツにはコレ♪ サラダにはコレ♪とか言ってさ」
「普通、サラダにケチャップはねーだろ…」
「何言ってんだ、レノ。トマトにトマトケチャップだぜ?」
「だから、それって」
「親子丼を知らねぇのか?! 鶏と卵が合うなら、トマトとトマトケチャップもアリだろ?!」
「………」


もう何も言うまい、とレノは思った。
がケチャラーだろうがケチャラーじゃなかろうが、どうだっていい。
自分に被害がないのなら、それでいいではないか。

とりあえず…ルード、ツォンさん、主任。
誰でもいいから、ここを通り掛かって、早く俺を救助してくれ。


「だいたいトマトケチャップっつーのは色がいいよな。ちょっと垂らすだけで、飯がパッと花嗅ぐ」
「………」


彼は『花やぐ』と言いたいのかもしれない。


「そうだよな。あの赤は食事のアクセントに最適だ。寿司にワサビみたいなもんだな」
「………」


寿司のワサビはネタとシャリの間に挟まれてる物が多く、アクセントの役割は果たしていないはずだ。


耐えた。
レノは耐えた。
普段、勝手気儘に生きているレノにとって、全く興味のないケチャップ話を聞かされるというのは、かなりの試練だったはずだ。

俺様の愛は偉大だな、と。

とかなんとか思っている間にも、のケチャップトークは続いた。
このまま何も口出しせずに言いたい事を吐き出させてしまえば、この場は丸く収まる。

俺が話を聞き続けて、上機嫌のままコイツが今日の仕事を終えられれば、その後何処かで飯食って帰ってから、あんな事やこんな事したい放題じゃないか。

ぐっと拳を握りしめ、レノは無反応を誓った。
彼の愛というより、下心の方が偉大だった。

だが、がふと口にした台詞は、その偉大な下心で押さえつけていた反応を呼び起こした。


「そういえば、レノの髪も赤だよな…ひょっとして……」


嫌な予感がした。


「…俺って、レノの髪が赤いからレノの事好きなのか?」


珍しく素面でハッキリ『好き』と言ってくれましたよ、このコ!
と喜ぶ前に、待て、ちょっと待て、聞き捨てならない今の台詞。


「……ぁあ?」


眉間に皺を寄せて、つい睨んでしまうが、は気にせず顎に手を当てて考えこむ。


「そうか。そうだよな。でなきゃ、普段あんなに振り回されてるのに、好きでいられるはずがねぇ」
「待て、コラ。何アホな事言ってんだ、テメェ」
「だって、そうだろ?! レノの髪はトマトケチャップをイメージしてんじゃねぇか!!」
「してるわけねぇだろ、アホ!!」
「アホアホ言うんじゃねーよっ! そうとしか思えねぇだろがっ!!」
「じゃぁ、試してみるか?! 髪、真っ黒に染めてやろうか?! ぁあ?!」
「………っ」


そう捲し立てると、は言葉を詰まらせた。
思案するように視線を左右に動かして、そして俯く。


「……悪い」


怒られた子犬のように、しゅん…とするを見て、レノは溜息ついた。


「…別にいいけどよ」


実にくだらない言い争いだ。
レノの髪が赤いから。ただそれだけが好きだなんて冗談に決まっている。
もっと深くて強い愛情を貰っていると自覚しているのだ。それなのに、冗談を真に受けるだなんて自分の方がよほど大人げない。
そう思いながら、レノはボリボリと頭を掻いて、自分も謝ろうとした…


………が。


「でもよ、これだけは試してみねぇ? ケチャップ・プレイ………」


微かに頬を赤らめて呟くを見て、怒りや呆れを感じるよりも、なんだかもう泣きたくなったレノだった。





-end-




■ あとがき と言う名の言い訳■
唐突に思い付いたお話。
たまにはレノに痛い目見てもらおうというか、なんというか(笑)
ってか、ケチャップ・プレイって何だ?!

2010/05/16(日)  司晶

目次 



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