アルジュノンでも有数のギャングチームのリーダー。
その俺があっけなく負けた相手は、背丈も厚みも歳の数さえも俺より少ない、ただのガキだった。





カウントZERO -前-





不意打ちを喰らったのは確かだったが、そんなのは俺等の世界ではただの言い訳。
下の奴等の前で恥かかされたら普通は生かして帰さねぇが、そんな気は起きなかった。
それほどあっけなく俺は負けたのだ。
命を狙われる理由なら、いくらでもあった。
盗みから始まり、薬の流しや、殺しにだって関わっていた。
そのガキに再び会った時、俺にケンカ吹っ掛けた理由を聞いてみれば、答えはアホみたいにシンプルだった。


「だって、強そうだったから」


負けた相手に笑わされたのは初めてだった。

こいつ、バカだな。
それから俺はそのガキとつるみ出し、俺のような奴が増え、そのガキを中心にまた新しいチームが出来て行った。





「おい、
「ん?」

日が傾きかけた頃、アジトの廃ビルの屋上で振り向いたそいつは、棒付きキャンディーを咥えていた。


「聞いたぞ。まぁたケンカ吹っ掛けて来たって?」
「んー」


その口からキャンディーを引き抜いて、咥えた。コーラ味。


「だって、ムカついたから」


なんだ。今回は『強そうだったから』じゃねぇのか。
今まで散々『強そうだ』とか言ってあちこちでケンカ売ってるものだから、てっきり今回もそうだと思っていた。


「俺は知ってるよー」
「うぉっ」


の背後からのしっと体重を乗せて、金髪で細い目の男が現れた。
コイツも名の通ったバイクチームの頭だったが、俺と同じくに負けて一緒につるむようになったくちだ。
ちなみにコイツと初めて会った時、糸のように目が細いから俺が『糸目』と呼んだら、お互い骨折するまでのケンカになった。だがが『イト』と呼んだら気に入ったらしく、コイツの呼び名はそのまま『イト』に定着したのだ。
イトは気付いてねぇかもしれねぇが、きっとはお前の本名忘れてるぞ。


「重てぇよ、離れろよ、イト!」
「ハイハイ。は今日も小っさいねー」
「撫でるな! それに俺は小さくねぇ! お前等がデケェんだろうが!」


イトはパッと離れて俺の隣に来ると、むふふと笑いながら続けた。


はねー、目の前で婆さんがひったくりにあったから、犯人をバイクで追っ掛けて鞄取り返してやったんだよー」
「へぇ〜」


大袈裟に感心してみせるとは顔を真っ赤にして否定する。


「べ、別にっ! 俺も金無かったから、その鞄ぶん獲ってやろうと思っただけでっ」
「まーたまた照れちゃってー。婆さんの鞄の中に手ぇ付けなかった癖にー」
「あれは、あまりにも金持ってなさそうなボロい鞄だったから!」
「はいはい良い子、良い子ー」
「だから撫でるなって!」


はいつもそうだ。
金持ちからは盗むが、そうでもない人間から盗む事はしないし、武器を持っている人間以外を襲う事もしない。
俺等の世界では珍しく真っ当な人間だ。
の周りに人が集まる理由は、その腕っぷしの強さだけじゃない。
誇りに思える人間ってのは、そうそう出会えるもんじゃねぇからだ。


「で?」
「ん?」


棒付きキャンディーを口から出して、改めて聞いてみる。


「やったのは一人か?」
「あー、二人組だった」


何かを思い出したのか、悪戯が成功した子供のような目をしては笑った。


「そいつ等な、パンツ下ろして電柱に巻き付けて来たんだ」
「ブハッ! マジか」
「何それ、サイコー!」


ゲラゲラ笑い合った後、俺が手にしていた棒付きキャンディーをイトが奪って自分の口に咥えた。


「おい、俺のだぞ」
「お前のじゃないでしょー。が婆さんからお礼に貰ったやつでしょー」


イトの口から引き抜こうとすると、ヒョイと避けられた。そんな俺達を見て呆れたようにが軽く溜息を吐く。


「そんなもん取り合うなよ。ほら、もう1本あるから」


………。

差し出されたキャンディーを見て、今度は俺とイトが揃って溜息を吐いた。


「おい、なんだよ」
「俺、いらね。甘いモン好きじゃねぇし」
「はぁ?! じゃぁ、なんで取り合ってたんだよ?!」
「それはが食べなよー。ピンクだしねー」
「ピンクだとなんで俺が食うんだよ?!」


訳が分からん、といった顔でキャンディーをポケットに戻すにふと問い掛けた。


「で、その二人組ってのは、ここらのチームの奴か?」


この街で悪さをする奴は大抵どこかのチームに属している。服装や持ち物に何らかのエンブレムがあった筈だ。


「あぁ。最近うちのエリアで薬流してる…なんつったっけ…」
「ブラディー・クロウー?」
「それそれ」
「アイツ等か。最近、調子に乗ってるからな。報復に来るぞ」
はいつ来ると思うー?」
「今晩」
「じゃぁ、パーティーの準備しなきゃだねー」


他の仲間に連絡する為にイトが歩き出し、もそれに続いたが、ふと思い出したように俺の方を振り向いた。


「なぁ」
「ん?」
「今度は全員、素っ裸にして大通りに晒してやろうぜ」
「ハハッ。おぉ、全員な」
「そ。全員!」


ジュノンは神羅が作り出した第二のミッドガルであり、この広い世界で最大の要塞都市と言われている。
軍備に重点を置かれたこの都市には、武器や兵器がごまんとあり、兵士の数も多いが、エリート兵のソルジャーが常時いるわけではなく、適度な娯楽施設があり、栄えている。
この街は俺等にとって随分と居心地の良い場所だった。
警察をおちょくっては軍の武器を盗み出し、他のチームとケンカする。そんな充実した毎日を送っていた。
他の奴等は知らないが、こんな毎日がずっと続くとは、俺は思っていなかった。
とつるみ出してからヤバい事に関わる事は減って行ったが、他のチームでは以前の俺のような奴はいくらでもいる。
この世界じゃ、何かに巻き込まれて死ぬなんて事はざらだ。俺だって、だって、いつ死んだっておかしくねぇ。
分かってはいたが、既に始まっているとは思っていなかった。
この日常が終わりへと向かうカウントダウンが。




※ ※ ※




「ねー! ミッドガル行こうよー!」
「ミッドガル?」


アジトの屋上に置いてあるドラム缶と木箱にそれぞれ腰掛けて雑誌を読むなりしていた俺とに、やって来るなり早々、イトはその言葉を口にした。


「そー、ミッドガル! みんなで行こうよ。最近暇だしー」


確かにここ暫くはケンカしてねぇが…。


「神羅のお膝元だぞ。そんな所、何しに行くんだよ」
「ズバリ神羅ビルに遊びに行こうかと思ってますー」


大抵の悪さはして来た俺も、これにはハァと溜息を吐いた。


「死にに行くようなもんだな」


『遊びに行く』なんて言っているが、呑気に会社見学に行くなんて意味ではない。
ミッドガル中心地、零番街にある神羅カンパニー本社ビル。
実際に見た事はねぇが、噂には聞いている。
神羅ビルに乗り込むには戦争並の装備が必要。そのセキュリティ―の高さはジュノン神羅支社ビルの比ではない。しかもあそこにはソルジャーがいる。


「もしかして、コレか?」


が雑誌のページを指さす。
新型バイクの紹介ページ。現在神羅ビル内展示ルームにて発売前の限定モデル展示中とのこと。


「本気で神羅とケンカするつもりはないよー。遊びに行って、お土産貰うくらい可愛いものでしょー?」


それを『可愛いもの』と言ってしまうコイツも相当だが、呆れつつも面白そうだと思ってしまう俺も相当なもんだろう。
そしてを見てみると…コイツも一緒だ。不敵なツラしやがって。


「全員に召集かけろ。忙しくなるぞ」





が言ったように、それからは急に忙しくなった。
まずは情報収集と管理。
世界一のセキュリティーを誇る神羅本社ビルは、ジュノンのそれとは訳が違う。
鉄壁と言われるセキュリティーのごく僅かな隙を狙うのは容易じゃねぇ。
しかもを中心にして出来上がった俺達のチームはジュノンでは広く名が知れるようになった。
俺達が神羅本社ビルを狙ってる事は、他のチームにも警察にも、ましてや神羅にもバレてはいけない。
暫くすると、先にミッドガルへ向かって情報を集めているグループが神羅の機密情報を掴んだ。
現在、神羅はウータイと戦争中だが予想以上に苦戦しているらしく、神羅軍の大部分がウータイに遠征中だ。
ミッドガルに残っているソルジャーの数も少ない今、正に好機。
俺達は計画を実行に移した。


『そっちはどうだ?』
「A隊、問題ねぇ」
『B隊、こっちも問題ないっすよ』
『C隊、うちもOKっす』


ミッドガル八番街の路地裏にて携帯端末の同時通話で連絡を取り合う。
まずはB隊とC隊がミッドガル四番街、伍番街で騒ぎを起こし、警察、神羅の目をそっちに向ける。
その間にの本隊が本社ビルに侵入。
バイクを盗んで本隊が神羅ビルを脱出した瞬間に、本隊の逃走経路が分からないよう神羅を撹乱させるのが俺達A隊の仕事だ。

それにしても…だ。
すぐそこの表通りをチラリと見る。
日が暮れてからが八番街の真骨頂。
さすがにミッドガル1の繁華街は、ジュノンのそれとはレベルが違う。
神羅がいなけりゃ、俺達もこの街で毎日騒ぎたいものだ。


『そろそろパーティーの時間だ』


の声で視線を時計に戻す。
計画通りの時間だ。


『それじゃぁ、派手に!』
『いきますよ!』


携帯の向こうから爆発音が響いた。同時に複数のバイクが走り出す音。
B隊とC隊が暴れ始めたのだ。さすがに八番街のこの場所まで音は届かないが、携帯の向こうからの爆発音は何度も続く。その度に上がる歓声。
派手にやっているようで、腹の奥底からゾワゾワしたものが込み上げて来る。
堪らない気分になったのは俺だけじゃないらしく、


『あーもう、早く走りてぇー!』
『俺も花火やりたーい』


とイトの羨む声が聞こえた。
イトはと二ケツして本社に乗り込む予定だ。
はアホだが、バイクに関しては天才だ。誰も乗った事がねぇ新型バイクも乗りこなすだろう。


「何言ってんだよ。メインイベントはそっちだろーが」


こっちの出番は一番最後だぞ。
不貞腐れてると、携帯からではなく上空からプロペラ音が聞こえて、ビルとビルの間の小さな夜空を見上げた。
思ったより動きが早い。神羅のヘリが二機。行き先は四、伍番街だろう。


『神羅の装甲車、出ました!』
「何台だ」
『4台確認!』


八番街の各所に散っている同じ隊の連中から報告が入る。


『4台共、ハイウェイに向かってます』


向かう先はヘリと同じだろう。


『ヘリの方が早く着くぞ。捕まんじゃねぇぞ、B隊、C隊!』
『了解、!』


の一言で力がみなぎってくる。
そして暫く経ち、


『装甲車、ハイウェイに到着!』
『カウント入ります!』


本隊のバイクをふかす音が聞こえる。
装甲車がハイウェイに乗ってしまえば、あとはこっちのもんだ。


『残り1台、3…2…1…!』


ドンッ!!!


今度は携帯と外、両方から爆音が響いた。
八番街に面した神羅ビル正面玄関を、本隊が爆破したのだ。
あの玄関は超強化ガラスで出来てるって話だが、俺達が使ったのはこの日の為にジュノン神羅支社から盗み出した神羅製の爆弾だ。
テメェんとこの爆弾の威力はテメェ等が一番よく知っている筈だ。
路地裏から表通りに出ると、突然の爆発音に驚いた通行人が皆、不安そうにビルの隙間から見える神羅ビルを見上げていた。
近くに潜んでいた同じ隊の奴等が寄って来て、怪しまれないよう通行人と同じように神羅ビルを見上げながら小さく呟いた。


「成功しますかね」
「するだろ。だぞ」
「ですよね」
「ついでにイトもいるし」
「最強コンビっすね」
「何で俺じゃなくてイトが最強コンビなんだよ」
「…スンマセン」


あとはビル内の警備メカと神羅兵をやり過ごし、バイクを盗み出すだけだ。
俺達もそろそろ準備をしなくては、と振り返ったその時


ドンッ


「っ」
「お、悪ぃな、と」


通行人とぶつかった。


「おいコラ、てめぇ!」
「よせ」


携帯片手にそのまま歩いて行く男に、ウチの奴が突っ掛かろうとしたが、止めた。


「っ…スンマセン。目立っちゃ不味かったのに…」
「…いや」


な ん だ 今 の は。


歩いて行くその男の後ろ姿から目が離せなかった。
目立つ赤毛、一瞬見た顔は相当な色男だったが…それより何より…。


あれは、人殺しだ。


しかも、かなりヤバい類の。


こういう直観は当たる方だ。
冷や汗が背中を伝う。
イカれてるな、ミッドガル。
治安の良い大都市に見せかけて、あんなのが普通に歩いてやがる。


その赤毛の男はさっさと人混みに紛れて消えて行った。
理由は分からねぇが、とにかく嫌な予感がした。





※ ※ ※





「悪ぃ悪ぃ。モニカがなかなか離してくれなくてよ、と」
『よりにもよって、主任とツォンさんがいない時に…』
「ハイハイ。分かってるから監視カメラ映像送ってくれよ、と。もうすぐ着くし」
『ハァ…。今送った。直ぐに壊されたが顔は映っている。上に上がって来る様子は無い』
「ふ〜ん。一般開放エリアならソルジャーは出て来ねぇ。知ってて襲撃したなら大した情報網だぞ、と」
『警察のデータと照合した。前科からして恐らくこの金髪の男が頭だ』
「あー…」
『どうした』
「たぶんな、その右の茶髪だ」
『理由は?』
「悪者の勘♪」
「自覚あるのか」
『さぁて、正面玄関到着〜! ルード、手ぇ出すなよ。ソイツは俺の獲物だぞ、と」





-to be continue-





目次



inserted by FC2 system